第333話 魔王・4
翁と別れて元の部屋に戻る途中、魔王……エリスが一人廊下で佇んでいた。
その視線は窓の外に向けられているが、いつの間にか外は夜の闇に覆われていた。
翁について行った時はまだ日が高かったのに、思った以上に翁の部屋で長い時間を過ごしていたようだ。
うん、かなり話し込んだ記憶はある。
「もう皆さんは食事を終えてしまいましたよ。ソラさんが戻っていないとミアさんは心配しているようでしたし。クリスも少し心配していましたよ?」
エリスが楽しそうに笑いながら話してきた。
けどその瞳は少し寂し気で、今にも消えてしまいそうな儚さをエリスから感じた。
「駄目ですね。私がしっかりしないと。実はソラさんに一つお願いがあって待っていたのです。今大丈夫ですか? それとも食事を用意しますか?」
「お腹は特に減ってないし、話を聞きますよ」
「そうですか。ではこちらでお話ししましょう。お茶は用意しますから」
通された部屋にはイグニスとギードがいた。
ただ二人は席に着くわけではなく、エリスの後ろに控えるような感じで立っている。
それを見たエリスは苦笑している。
揃えられた茶器が四人分ということから本当は一緒に座ってもらいたかったのかもしれない。
お茶の用意をするメイドさんはそれを見て手慣れた手付きで二人分のお茶を用意しているけど。
「本当は、クリスたちと会うかは迷っていたんです。私の事情で巻き込んでしまうと思って。ですがスイレンさんから連絡をもらって、王国に行く話を聞いて会うことにしたんです。正直私の命もそれほど長くないと思うので、その前に私がここにいるということをあの子たちに教えようと思ったんです。このままではあの子たちは王国に行きかねないと思ったので」
しばらくは無言でお茶を飲んでいたエリスが、カップをソーサーに置くと話し出した。
「あの国は異常なんです。危険な場所に近付かなければ一般人にとっては普通の国なんですが……ただクリスたちがしようとしていたことはその危険に足を踏み入れる行為でしたから。あの子たちは、私が考えていた以上に……私を見つけるまで止まらないと思いました」
少しだけ嬉しそうな顔を覗かせた。
きっとエリスも三人のことを大切だと思っているんだろう。
だから余計に三人の暴走に気が気ではなかったのかもしれない。
ま、俺もそのことには一枚嚙んでいるから弁明の言葉がない。
「……エリスさんは、いつぐらいにクリスたちが探していることを知ったんですか?」
そこでエリスは一度チラリとイグニスを見てから口を開いた。
「ソラさんたちがダンジョンに……マジョリカにいた時に知りました。もっとも私が知った時には、既に竜王国に向かった後だったようでしたが」
ということはマジョリカに魔人の関係者がいるということか? しかもあの時はクリスは姿を変えていた。ルリカとセラの特徴に、クリスという名前から分かったということか。
コトリはプレケスから王国への帰り道に魔人の襲撃を受けたような話をしていたし、もしかして俺たちが思っている以上に魔人の協力者は世界中に多くいたりするのかもしれないな。
「それでエリスさんのお願いとは?」
一段落ついたところで本題に入ることにした。
「……クリスたちのことです。遠くない未来、ここは戦場になります。その時、彼女たちをここに近付けないで欲しいのです」
確かにここに来るような猛者相手だと、クリスたちには荷が重いと思う。セラなら問題なく戦えそうだけど……。
エリスは巻き込みたくないと話していたから、クリスが下手に女神の目に留まるのを防ぎたいのだろう。たぶん。
けど実際のところ。俺にはクリスたちを止めることは出来ない気がする。懇願されたら断れない気がするんだよな。
俺の心情を察してか、エリスは苦笑を浮かべている。
「クリスは見た目と違って頑固だったりしますからね。意志も強いですし。だからこそ、私たちを見つけるまで旅を止めなかったんでしょうし。もちろんこれがあった為というのもあるのでしょうけど」
エリスが取り出したのは一つの御守り。精霊の御守りだ。
クリスは会った時に、あれがセラとエリスの生存を教えてくれると言っていた。
セラはなくしたが、それをエリスが持っていたからか誤反応があったようだけど。
エリスはそれを顔の前に掲げて、懐かしそうにそれを眺めている。
彼女が何を考え、何を思うのかは分からない。
「逆に迷惑をかけてしまっただけかもですね。ソラさん、無理なようでしたらクリスたちの自由にさせて下さい。ただ、出来ればあの子たちに……いいえ、私が言っても仕方ありませんね。それでは貴重なお時間を申し訳ありませんでした。食事の用意をしますので、ソラさんもゆっくり休んで下さい」
最後何を言いかけたのだろうか?
俺たちはそれからルリカが回復するのを待って、一時最果ての町に戻ることになった。
クリスは残りたいと主張したが、エリスの命令を受けた魔人たちの手によって無理やり送り返されたのであった。
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