第327話 魔王・1

 イグニスは言うなり手をかざした。

 すると黒いカーテンのようなものが宙に浮かび上がった。

 魔力察知がなくても、濃密な魔力の波動を感じる。


「ここを通れ」


 何の説明もないから皆戸惑っている。

 イグニスとしてはここを通れば魔王城に通じると言いたいのだろうが、それだと分からないぞ?

 それにしても前は詳しく説明してくれたのに、今日は少し急かすような印象を受ける。

 何か焦っているのか?


「ここを潜れば魔王城に行けるということか?」

「そうだ」

「分かった。行ってみようか?」


 俺は振り返り皆に尋ねた。

 御指名みたいだし、魔王にも会ってみたいという気持ちが強かった。

 罠……に関しては心配していない。

 むしろ人間よりも魔人の方が信頼出来るという気持ちは強い。王国の闇や帝国の人間を見てきた影響だな、これは。

 それにこの町。少なくともここの住人たちは幸せそうだ。

 不自由は確かにあるようだが、話してみると魔人に対する感謝の言葉を誰もが口にした。

 俺の言葉にクリスが頷いたことで行くことに決まった。

 まず俺が入り、後から他の人たちが続いた。イグニスが最後だったようだ。


「やっぱりなんか変な気分です。一度通りましたけど慣れません」


 思わずそう呟いたコトリに皆が注目した。

 当の本人はビックとしてたけど、一度体験していたなら大丈夫だと言ってくれてもいいと思うが?

 はぁ~、見られたコトリはその理由に気付いていないようだし、済んだことを今更言っても仕方がないか。

 それよりもまずは目の前のことだ。

 五メートル近い高さのある大きな扉があり、その横には石像がある。まるで生きているような躍動感で、突然動き出しても不思議じゃないと思えるほどだ。

 それを見たミアが思わず俺の腕に掴まってきた。嬉しい感触を腕に感じたが、他の人の目があるところで顔を緩めるわけにはいかない。

 無心だ……無心になるんだ。


「この先に魔王様がいる。粗相のないようにな」


 イグニスが扉に触れると、ゆっくりと扉が開いていく。自動ドア! と思わず叫びそうになるが魔力で動いているのかな?

 確かにこの扉を普通に開けるには、大きすぎて人ひとりで開けるにはかなりの労力が必要そうだ。

 そしてふと周囲を見て思ったことが一つ。

 この魔王城はそもそもどうなっているのかということ。

 見た感じ綺麗で、掃除も行き届いている。

 けど歴代の勇者がここに攻め入っているのなら、ここが戦場になっている可能性が高い。

 それなのに壊れた跡は見当たらない。次の魔王が生まれるまで時間があるから、それまでに修復しているのだろうか? それとも実際にはお城から出て迎え討っているとか?

 ゲームだと魔王は玉座にふんぞり返って待っていて、玉座で戦うイメージがあるからどうしても気になった点だ。ま、どうでもいいことだけど。

 扉が開き切ると、イグニスがまず先頭に立って歩き出した。

 赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、その先には玉座がある。玉座まで五〇メートルぐらいあるのだろうか?

 その玉座には黒いローブを身にまとった、一見すると怪しげな人物が座っている。

 目深に被ったフードで顔は見えないが、近付いていくにつれて意外と小柄なことに気付いた。

 周囲を見回せば、四角に置物? がある。デザインは剣に杖に盾に鎧だ。

 何故そんな目立たないところにと思った。

 ただそれ以上に気になったのは、絨毯を挟むように並んで控える魔人たちか。

 その中の何人かは見覚えがある。

 まず先日会ったばかりのギード。そしてもう一人は翁とユタカに呼ばれていた魔人だ。

 本名かどうかは謎だが、呼ばれ方通り老人のような容貌だ。顔には深い皺が刻まれている。ただ一人、観察するようにこちらを見てきている。

 この場には二〇人近い魔人がいるが、翁以外の外見は皆若々しいから余計に目立つ。それに角が三本なのは翁だけで、他の魔人は全員二本だ。

 部屋の中に入ってきた俺たちを、魔人たちが興味深そうな視線で見てくる。

 俺の腕に力が加わる。ミアは緊張のあまり、それとも魔人に殺されそうになったことを思い出して緊張したのか、呼吸が乱れている。


「大丈夫か?」

「……うん」


 心ここにあらずといった感じの生返事だったが、足を止めることはなかった。

 だから俺が足を止めて進むのを一時停止。イグニスはそのことに気付いているようだったが進む歩を止めることなく、玉座の前まで進んで口を開いた。


「魔王様。連れて参りました」


 イグニスの言葉に魔王は頷き、こちらを見てきた。

 見られているという視線を感じた。

 俺たちはミアが落ち着くのを待って、それからイグニスのいるところまで進んだ。

 そうなると魔人に囲まれるような形になり、圧迫感が半端ない。

 これにはミアだけでなく、ルリカたちも緊張しているように見えた。

 頭では分かっているが、魔人は人類の敵という認識が根付いているのも影響しているのだろう。

 そのことを理解しているのか偶然か、魔王が手を挙げて魔人たちを下がらせた。

 魔人たちは最初戸惑いを見せていたが、翁とイグニスを除く魔人たちは素直に従い俺たちから距離をとった。

 すると俺の周囲に安堵するような息が漏れた。

 見ればコトリなんて、ミアと同じようにヒカリの腕に抱き付いて体を震わせていた。ヒカリは物凄く迷惑そうにしているし。

 その少し情けない姿に思わず笑いそうになったが、魔王の言葉がそれを留めた。


「……ようこそ魔王城に。また……こうして会えたことを……嬉しく思います」


 それは何気ない言葉だった。

 けど万感な想いのこもった言葉のような気がした。

 そして徐にフードを脱ぐと、銀色に輝く綺麗な髪が流れるように靡き、思わず視線が引き寄せられる。

 その顔は整い、何処か見たことがあるような懐かしい感じを覚えた。何より特徴的なのはその耳。人間ではあり得ないほど尖っている……エルフだ。

 周囲で息を呑む音がしたと思った瞬間、俺の横を風のように走る影があった……ルリカだ。

 その動きに魔人たちが身構え動き出そうとしたが、魔王がそれを制して止めた。

 やがてルリカは魔王に抱き付くと、


「……エリス姉さん」


 と呟き泣き声を上げた。

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