第326話 最果ての町・6

「どうしたんだコトリ?」

「その、私も気になっていたんです。いつも何処か感情のない表情で淡々と精霊との契約について教えてくれていて、そう言う人だと聞いていたからあの時は気にしてなかったんです。正直自分のことでいっぱいいっぱいだったってこともあるんですけど……」


 コトリはギュッと拳を握り、真剣な表情を浮かべていた。


「けど皆さんの話を聞いて、それが間違ったことだって分かって。それに私も精霊魔法を少しは使えます! 役に立つはずです!」

「コトリは駄目」


 けどそんなコトリにヒカリが待ったをかける。


「な、何故ですかヒカリちゃん」

「……コトリは人を殺せないから」


 涙目のコトリに、ヒカリが理由を述べた。

 それを聞いたコトリは確かに息を呑んだ。

 俺にはコトリが今考えていることがなんとなくだが分かる。

 俺だって人を殺すのには抵抗があったし、最後まで覚悟を決めることが出来なかった。

 あの時ヒカリが危機に陥らず、騎士でも討伐出来る状況だったら、今もきっと俺は人を殺すことが出来ないままだっただろう。


「お、お兄さんは出来るんですか?」

「ああ、俺はこの手で人を殺したことがあるから」


 俺の答えに信じられないものを見る目を向けてきた。

 俺たちの世界では、人を殺すことは忌避すべきことだった。

 特に俺たちの住んでいた国は比較的平和な国だったから。


「コトリはそのままでいいと思う。無理に殺せるようになる必要なんてない。ただ、だからこそヒカリは連れていけないって言ったんだと思う」


 ヒカリが少し悲し気に俺の方を見てきたから、大丈夫だという意味を込めて頭を撫でてあげた。

 殺し合いにおいて、相手を殺せないというのは自分だけでなく仲間も危険に晒すことになる。

 それを俺は身を持って体験した。あの時ヒカリが助かったのも、経験豊富な騎士が一緒にいたからだ。二人だけだったら、間違いなく死んでたに違いない。

 それを考えればコトリを同行させることは危険だ。守りきる自信がないというのもある。


「そう、ですか……」

「ああ、だからコトリにはお城の中の通路とか構造を分かる範囲で教えてくれればいい。むしろそれが一番俺たちには必要なことだ」


 それは嘘偽りない俺の本音。MAPである程度知ることは出来るが、前もって情報として知っていればロスを減らすことが出来る。

 それを聞いたコトリはまだ少し納得出来ない様子だったが、最後は「わかりました」と言ってくれた。


「なら早速だが教えてもらってもいいか?」


 俺は紙とペンを取り出し、コトリに渡す。

 コトリはかなり詳細にお城の構造を覚えていたようで、丁寧に地図を作成していく。

 ルリカに褒められると、嬉しそうに少し照れている。

 完成した地図を見れば、かなり詳細に書かれている。もちろん行ったことがないところも多いため空白も目立つが、その空白部分こそ、捕まっているエルフたちがいる可能性が高いことになる。

 だから探すならそこを中心にいけばいいが、結構その数が多いことが問題か。

 さすがに手分けして探すわけにもいかないしな……。

 クリスの精霊魔法で探索をお願いしても手が足りない。

 ま、怪しいところを優先して探すしかないか。


「助かったよコトリ。これだけでもかなり違うからな。ありがとうな」


 俺の言葉に、コトリは複雑な表情を浮かべながらコクリと頷いた。

 本当は一緒に行って、直接手伝いたいという思いも残っているのだろう。

 だけどヒカリの一言がそれを押しとどめているような気がする。

 その後皆で顔を突き合わせて、何処か怪しいかなどを話し合った。

 実際に王城に住んでいたコトリと、間者スパイ活動のあったヒカリの意見が説得力があったから、まずは二人の提案した怪しいところに向かうのが良い気がする。

 個人的には地下に延びる階段も気になったが、いくら何でもそんな怪しいところにはいないだろう。

 コトリの話では地下に牢獄があるという話だが、そんな分かりやすいところに目立つエルフを押し込めておく可能性は低い。

 人の口には戸を立てられないという諺があるように、関わる人数が増えれば増えるほど秘密が洩らされる可能性が増えるわけだから。

 そんなリスクをずる賢いあいつらが犯すはずがない。

 やがて話が纏まりかけたその時、ドアをノックする音が響いた。

 コトリがドアを開けたら、緊張した表情を浮かべたスイレンが入ってきて、その後に続いて一人の魔人が姿を現した。

 その魔人を見て、コトリが体を震わせていた。

 ヒカリも思わずといった感じで立ち上がり身構えた。

 俺は……不思議と落ち着いていた。

 もっと何か感じることがあるかと思ったが、不思議とそれはなかった。

 あの時感じた絶望的な感情も、不思議と湧き上がってこない。

 俺が強くなったというよりも、その魔人から何の敵意も感じないからかもしれない。


「またこうして会うとはな」


 感情の籠っていない言葉で話し掛けてきたのはイグニスだった。

 イグニスは順に俺たちを見て、そして言った。


「魔王様がお会いになるそうだ。異世界人ソラとその仲間たちよ」


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