第322話 最果ての町・2

「ヒルルクですか? 今日はどうしたのですか?」


 中に入ると箒を持った女性が出迎えてくれた。というか、掃除をしていた。


「スイレン様。ギード様に案内するように言われてお客様をお連れしました」


 スイレンと言われた女性の耳は特徴的に尖っていた。

 それはクリスと同じエルフの証。黄金色の髪の毛は腰の辺りまで伸び、整った顔は普通に道で会ったら思わず二度見してしまいそうなほど綺麗だった。


「お客様ですか?」


 その視線が俺たち、特にクリスと俺とヒカリに注がれた。


「立ち話もなんです。どうぞこちらへ。子供たちにはお菓子をあげましょうね」

「ス、スイレン様。あまり甘やかしては!」

「いいのですよ。たくさん作ってしまいましたから」


 スイレンの言葉に子供たちは歓声を上げている。

 もしかしてついて来た理由はこれが目当てだったりするのか?

 子供たちはお菓子が包まれたと思われる袋を手渡されると、お礼を言って元気よく飛び出していく。

 ヒルルクはその様子に頭を抱えているが、スイレンは楽し気に微笑んでいる。


「さあ、皆さんはこちらへどうぞ」


 そうして通された部屋は、大人数が集まって一度に食事が出来るようなところだった。

 中央に大きな机が置かれ、それを囲むように椅子が幾つも置かれている。


「それで御用件は何でしょうか?」


 スイレンは俺を見て尋ねてきた。


「あ、あの! 用があるのは私です……その、お姉ちゃんを探しています」

「お姉さんですか? この町に滞在しているエルフ種で姉妹がいる子はいませんが……」

「……そう、ですか……」


 クリスの言葉に、スイレンは申し訳なさそうに謝った。

 別に彼女が悪いわけではないのに、クリスの落ち込み様を見て思わずといった感じだったかもしれない。

 それぐらい目に見えてクリスは落胆していた。肩を落として俯いてしまい、ルリカとセラでさえ気軽に声を掛けられるような雰囲気じゃなかった。

 そんな静寂を破るように、バンと大きな音を発てて部屋のドアが開いた。

 思わずと言った感じで皆の視線が入口に注がれる。クリスも音に驚き顔を上げるほどの音量だったから。

 視線を一身に受けたその音の発生主は、怯み、驚きの表情を浮かべて後ずさったが、俺と視線が合うと顔を綻ばせて走って……走って? 近付いてきた。

 ま、何故疑問形だったかというと、走っているみたいだけど走っているように見えないほど遅かったからだ。

 そして短い距離なのに呼吸を乱して、俺の前で立ち止まると大きく息を吸い込んだ。

 正面から見たその少女の顔は、何処かでみたような記憶がある。

 茶色い髪の毛に茶色い瞳。おかっぱヘアーのその幼い少女は、確かあそこで会った。


「ほ、本当にお兄さんですか? わ、私のこと覚えていますか? あの、その、一緒に召喚された……」


 そこまで言われて思い出した。一応鑑定で確認してみよう。


【名前「天野小鳥」 職業「精霊魔法士」 種族「異世界人」 Lv「80」 状態「——」】


 レベルがかなり高いのに驚いた。確かにこれと同じレベルの異世界人が六人も集まれば、魔人ともそれなりに戦えるということか?


「ああ、俺はソラ。今はソラとだけ名乗っている」

「はい! 私はアマノコトリと言います。お兄さんのことは、カエデお姉さんとミハルお姉さんも心配してたんですよ」


 コトリの言う二人も多分一緒に召喚された者だと思うが、正直名前を聞かれても分からない。

 いや、あの時は読み上げられる同郷のレベル職業スキルに対して、俺のスキルが残念過ぎて、そのことに衝撃を覚えていたから記憶が曖昧なんだよ。


「そ、そうか。正直あそこでのことは覚えてなくて……悪いな」

「いえ、嫌な記憶ですから仕方ないです。それ……」


 何か言おうとして、コトリが大きく目を見開いた。


「な、な、な、ね、ネコです!」


 と驚くほどの大声を上げて、セラに向かってまっしぐらに走っていった。

 その後姿を眺めながら、思い出したことがあった。

 あれは呼び出されてすぐのことだ。彼女、コトリは周囲にビクつき、ひどくオドオドしていた。今みたいに背をピンと伸ばしていなく、背を丸めて歩いていた。

 それが今はあんなに元気に……二人のことはあまり思い出せないが、それだけ心許せる人たちと過ごせていたのだろう。

 それに多種族の生きるこの町でも。


「見てください。私始めて見ました。猫の獣人さんですよね! わぁ~、私お家で猫を飼っていたほど大好きなんですよ。ギュッとしていいですか!」


 うん、もう抱き付いているからね。

 そしてそのテンションにセラも戸惑っている。

 珍しくオロオロしているから、それを見たルリカが笑っている。

 ルリカもエリスさんがいないことを知った時、顔を曇らせていたっけな。

 その時、ゴツンと鈍い音が響いた。

 音のした方を向けば、クリスが机に突っ伏している。


「ク、クリス!」


 慌てて抱きかかえると息苦しそうだ。額には大粒の汗が浮かんでいる。


「疲れが出たのかもしれませんね。部屋を用意するので休ませましょう」


 スイレンがテキパキと指示を出していく。

 俺は運ぶために背負うと思ったが、そのまま運んで下さいという指示に従ってお姫様抱っこで用意してくれたベッドへ寝かせた。

 その後俺は部屋から追い出され、しばらくしたらヒカリとコトリも出てきた。

 


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