第320話 黒い森・2

 二人の魔人は俺たちを見てもいきなり襲い掛かってくることはなかった。

 ただ戸惑っているのか、槍の先端をこちらに向けて、余裕を持った間合いを保ちつつこちらを観察しているように見える。

 この二人は肌が浅黒く、顔も似ている。双子か? と思えるほどだ。角の生え際が額の右寄りか左寄りかという違いで見分けはつくが。


「……主!」


 ヒカリの焦ったような声で我に返った。

 と同時に、物凄い速度でこちらに近付く反応があった。その速さはこの二人の比じゃない。

 何よりその気配の大きさが桁違いだった。

 顔を上げると、そいつは宙に浮いてこちらを睥睨していた。


「秘密路に侵入する者がいるとの報告を受けて来てみたら……そのペンダント見覚えがあるな。それを何処で手に入れた!」


 男から放たれた殺気に思わず一歩下がりそうになった。

 ミアとクリスは耐えられなかったのか、蹲ってしまっている。

 これは俺の使うスキル威圧に近い気がするが、その威力は段違いだ。


「これは竜王から譲ってもらったものだ。俺たちは人探しの旅をしている! 全ての国を回っても見つけられなかった話をしたら、こちらに町があることを教えてくれたんだ!」


 叩きつけられる殺気に逆らうように大声を張り上げた。

 するとそれを聞いたその男……二本角の男は殺気を放つのを止めて地上に降りてきた。

 力を抜いているような佇まいだが、その男には隙が一切ないように感じられた。

 この感じ……イグニスに近いものを感じる。


「話は分かった。あの親父から奪うなんてことは出来ねえから本当なんだろう。で、俺らの町に人探しのため来たっていうことか?」

「は、い。そうです。私のお姉ちゃんを探しています」


 クリスがよろよろと立ち上がり魔人に話し掛けた。


「人間はあんまいないと思うが? 黒い頭をした人間だったらいるが……」


 魔人は俺とヒカリの方をチラリと見てきた。

 黒い頭の人間? 異世界召喚された者の子孫がいるということか?


「……私はエルフです。行方不明の姉……エリスお姉ちゃんを探しています」


 クリスがフードを取って素顔を晒すと、男は驚いたような表情を浮かべた。

 それは背後に控える二人の魔人も同じだった。


「……なるほど。理由は分かった。なら町に案内しよう」

「え、あの……」

「ん? 町に行きたいんだろう?」


 突然の態度の変化に、逆にクリスが戸惑っている。

 正直俺もこんなにあっさり態度を変えたことに驚いたが、もしかしたらクリスの顔と似たエルフがいるのを知っているのかもしれない。


「なあ、エリスさんってクリスと似てるのか?」

「……確かに似ていたわね」


 思わずルリカにそう聞いたほどだ。ただ当時と比べてという注釈がついたけど。


「ただし変なことをしようと思うな。その時は容赦しねえからな」


 その後は魔人に前後を挟まれながら移動を開始した。

 先の二人が先頭を歩き、後から来た二つ角の魔人が一番後ろを歩いた。

 そして現在。俺が何故かその二つ角の魔人の相手をしている。

 魔人の名はギード。受けた印象は気の良い兄貴分といった感じで、色々なことを聞いてきたし話してくれた。

 まずは俺のことは、イグニスから聞いていたらしい。

 捨てられた異世界人ということで大して興味がなかったようだが、今は違うそうだ。確認のためこちらに来たが実は忙しいらしく、時間があれば手合わせをしたいとか言ってきた。

 どうも言葉の端々から戦い好きだというのがひしひしと伝わってくる。

 ついでにイグニスに対する愚痴もいい始めた。「あいつは陰険だ」「あいつは人使いが荒い」などなど。


「あ~、あと少し悪ぃが、お前の同郷の奴らを救うことは出来なかった」


 詳しく聞いたところ、やっと巣(王国の結界内)から出て来て居場所が分かったから襲撃したが、思いのほか強くなっていて失敗に終わったらしい。


「ま、半分は駄目だと思ってたんだけどな」

「何でだ?」

「召喚されてから時間が経ち過ぎていた。ありゃ駄目だ。特にその中の一人は、完全に操られていたな。洗脳ってやつだ。一人だけ餓鬼を保護したが、そいつは大丈夫だったけどな」


 ということはヒカリたちだけでなく、召喚したやつらも自分たちの思い通りにするために何かしらの洗脳を施しているということか?

 最早顔も思い出せない王たちだが、碌な奴らじゃなかったようだ。

 そう考えると、監視されていたとはいえ、あそこから解放されたのは運が良かったということか。逆にあそこでヒカリに捕まっていたらと思うとゾッとするが。


「その保護した餓鬼も町にいるから会ってやるといい」


 ぶっきらぼうだが、なかなか良いやつなのかもしれないと思ってしまった。


「それでお前は今まで何してたんだ?」


 そう聞かれて不思議と今までどんなことをしたかを話してしまった。

 もちろん話してはならないことは言ってないが、どうもこちらの事情をある程度知っているような感じを聞く態度から受けた。


「とにかくそろそろ大きな戦いがある。どうするかは自分たちで決めるといい」

「それは攻めてくるってことか?」

「ああ、もう既に始まってるな。だから正直忙しいんだよ。けど秘密路を使う輩が現れたって聞けば、確認しないわけにもいかないからな。それにここを使えば、かなり時間短縮になるしな。俺らみたいに飛べない奴らにとってはだけどよ」


 ここは別の魔人が作った異空間で、普通に歩くよりも早く町に到着出来るという話だった。

 実際一度の休憩を挟んで、その町に半日ほどで到着出来た。


「ようこそ最果ての町へ! 我々は君たちの来訪を歓迎しよう!」


 ギードはそう言うと、楽しそうに笑った。



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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