第316話 追跡・2(マルクス視点)
その一報をもってきたのは、門番をしていた取り巻きの一人だ。
俺はそれを聞き、最初聞き間違いかと思ったが本当のことだった。何人かに確認させたから間違いない。
そうか……まさかこんな場所で会えるとは……。
辺鄙な場所に飛ばされ、陰鬱した生活を送っていたがそれも今日までだ。
右手が頬を触れる。
そこに刻まれた傷。今でこそ痛みはないが、この傷跡を毎日見るたびに怒りが蘇る。
高額のポーションを使えば治ったかもしれないが、それを父上に止められた。
理由は簡単だ。失態を忘れないためだ。
まずは情報を集める必要がある、と言ってもここではそんなのは簡単だ。
次の行き先も簡単に分かった。防衛都市のノーブに行くようだ。
他にも宿の者に金を握らせて少しでも情報を集めた。
町に入る時の記録では、冒険者三人の、商人とその手伝い? それと特殊奴隷が一人だということだった。
何故わざわざ黒い森の近くの町へと思ったが、商人の護衛をしているようだし、その商人の都合で行くのかもしれない。
しかしあの憎き獣人女。奴隷から解放されて冒険者になったようだ。気に食わない。
俺様にあんなことをしておいて……。
ただ有益な情報もあった。
同行しているその冒険者は、何でも同郷の幼馴染みらしい。これは利用しない手はないな。
「おい、警邏隊の動きはどうなっている!」
昔の俺だったら町中で襲撃することも出来たが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。これ以上父上の不興を買うわけにはいかないからだ。
それと街道でも警邏隊の動きには注意が必要だ。
俺の息のかかった奴らならいいが、下手な正義感を持つ輩もいる。そいつらに目撃されると厄介だ。
「待てよ。次の警邏隊を俺の手の者で揃えれば……」
生憎俺は警邏隊なんて低能な職には就いていないが、それを利用することは可能だ。
それと同時に私兵を用意して向かえば、戦力を増やして強襲することも可能だ。
乗合馬車を利用されたら厄介だが、足の速い馬を揃えるのは今からでも可能だ。
ま、獣人を乗せる乗合馬車なんてこの国にないだろうけどな。
さあ、狩りの時間だ。あの時の恨み、何倍にも、何百倍にもして返してもらおう。泣き叫んで許しを乞うても、決して許してなるものか。
「くそっ。どうなってるんだ!」
アストゥースの町を出発して既に二日が経った。
あと少し進めば川を渡るための橋が見えてくる。
戻ってきた警邏隊の話から、奴らと接触した位置は分かっている。
逆算してこちらの移動速度を考えれば、もう捉えていてもいいはずなのに追い付けない。
「おい、見つけたか⁉」
俺の怒鳴り声に、遠方を見通せるスキル持ちが確認をした。
「かなり離れた場所にいるのを確認しました」
「このまま進めば追い付けるか?」
「馬の状態を考えると難しいと思います。ただ向こうも休息は必要だと思いますので……」
悩んだ末今日は休むことにした。馬が動けなくなったら俺が歩かないといけなくなるからな。帰りのことを考えるならここは無理をすることじゃない。
それにやつらの姿を捉えることが出来たんだ。間違いなくその距離は縮んでいる。
だがその翌朝予想外のことが起きた。
確認のためスキルを使わせたら、相手の姿がないという。夜の間に移動したということか?
橋を渡り、さらに進んでも見つからない。
「おい、どうなってる!」
使えない奴だ。苛々が募っていく。
スキルでは捕捉出来ていると言っているが、本当かどうか疑わしい。
なら今日は少し遅い時間まで移動して距離を稼ぎ、夜もスキルを使って監視させることにした。
そしたら夜に奴らの姿が消えたとか言い出した。
何を言ってるんだ?
だがその焦った様子から嘘を言っているようには見えない。
夜中起こされて不機嫌になったが、どうにか気持ちを落ち着かせた。
すぐにでも追跡したいが、馬を動かすことが出来ない。
翌朝はいつもよりも早く起きて追跡を開始した。
するとついに遠方を見ることが出来る道具を使ってだが、その姿を捉えることが出来た。
ただ問題が一つ。奴らは街道から離れて荒れ地を歩いている。
怪しい行動だから捕まえるための大義名分は立つが、何故あんなところを歩いている?
その先にあるのは黒い森。黒い森に入ろうというのか?
一瞬迷ったが、先に進むことにした。
その程度で俺の怒りを抑えることは出来ない。何よりここまで来てしまったという、半分意地になっているのもある。
ただそれからが大変だった。
足場が悪く、地面がぬかるんでいる。そのため馬の進む速度が上がらず、歩いて進んでいるはずの奴らに追い付けない。
「どうした?」
「ま、魔法です。どうやら奴ら、水の魔法を使って地面をこのようにしているみたいです」
ということは、俺たちの存在をあいつらに知られたということか?
それを示すように、俺たちが少し遅い時間まで移動したら、その分あいつらも休まず移動している。
最悪馬を捨てることも考えたが、まだその時ではない。
少なくとも距離は確実に縮まっているんだ。
それにあの獣人女。戦闘力だけは油断ならない。こちらが万全の状態じゃないと、さすがに危険だ。
もっとも万全の状態なら、兵士三〇人からなる俺たちに敵うはずがない。
そしてついに俺たちは追い付いた。
結局黒い森まで来てしまったが、それでも今から追い掛ければすぐ捕らえることが出来るだろう。
「マルクス様、本当に行くのですか?」
「当り前だ! まさか恐れてるのか?」
「い、いえ。そんなことはありません」
「なら進め。敵はすぐそこだ!」
さすがに馬で森の中に入ることは出来ないため、ここに置いていく。
帰りに乗っていく必要があるから、逃げないようにロープで繋いでおく。
さあ、今度こそ狩りの時間だ。
あの時受けた屈辱を、今こそ晴らす時だ。
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