第315話 追跡・1

「主、お腹空いた」


 久しぶりに聞いた言葉だった。

 思わず二度見してしまった。

 そんな俺の様子に不思議そうにヒカリが首を傾げた。


「だ、大丈夫なのか?」

「ん? お腹は大丈夫じゃない」


 思わず聞いた言葉に返ってきたのは、実にヒカリらしい言葉だった。

 お腹をさする姿から本当にお腹が空ている様子が伝わってくる。

 近頃皆が心配するほど少食だったから……俺ももちろん心配したよ? あの美味しそうにご飯を頬張る姿を見るだけでも、この世界では癒しになるのだから。

 その様子を見ていたミアも、何処かホッと一安心しているようだった。

 それはセラたちも同様で、頭を撫でている。

 ヒカリの調子が戻っただけでも雰囲気が随分違う。

 朝食を済ませたら、早々に町を発った。

 予定通り向かう先はノーブ。ま、途中までだけど。

 そして予想通り、俺たちが門を出ると門番の一人が持ち場を離れて行くのが、MAP上で確認出来た。

 当人がいるかどうかの確認は出来なかったが、その動きから本人か関係者がいる可能性が高まった。実際宿にいる間も、隠れて監視しているような反応がMAPで確認出来ていた。

 マルクス。帝国貴族でセラが戦闘奴隷として帝国で過ごしていた時の最後の主人。奴隷をものとして扱い、自分の思い通りにならないと癇癪を起す。それなりの身分だったが、セラの一件で左遷させられたという話だった。


「やっぱりセラの予想通り動きがあった。どうする?」

「……ソラ、警邏隊の位置は分かるさ?」

「ちょっと待ってくれ」


 通常のMAPでは表示されないから魔力を流して拡大した。

 すると固まって移動している一つの集団があった。こちらに向かって来ている。

 その速度は明らかに徒歩では考えられないスピードだ。警邏隊は一〇人一組で、馬を駆って移動している。

 そのことからこの反応が警邏隊の可能性は高い。他には人の反応がないというのもある。


「その可能性は高いわね」

「ボクもそう思うさ。たぶん襲うにしても警邏隊との衝突は避けるはずさ。今それなりに権力を持っていたら、町中で無理に捕縛して隠蔽工作をしていたと思うから」


 事件を揉み消すほどの力があれば、わざわざ町の外に逃がさないということか。


「そうなると距離的に警邏隊が町に戻るのは今日の夜ぐらいになると思う」

「なら相手が出発するのは早くてもその後だと思うさ。だからどんなに急いでも今日中に追い付かれることはないと思うさ」


 なら今すべきことは出来るだけ距離を稼いで、相手を迎え討つ場所を探すことか。

 MAPを確認する限り目撃される可能性は低いだろうが、それでも万が一ということがある。

 この辺りも殺風景で身を隠すようなところがない。遠方を見ることが出来るスキル持ちがいれば、簡単に見つかってしまう。

 俺たちは先を急いだが、休憩もしっかりとった。歩き慣れてきたとはいえ、体力には限界があるからだ。

 結局距離を歩きたいなら、無理をしないで休みながら進んだ方が良いというのがこれまでの経験上分かっている。

 お昼を食べてそろそろ眠くなりそうな昼過ぎに警邏隊とすれ違い、声を掛けられた。

 警邏隊にも当り外れがあるようで、親切な人もいれば不親切な人もいる。悪い者に当ると変に絡まれたり賄賂を要求されたりするようだが、今のところ運が良いのかそんな人たちとは遭遇していない。

 その後夕食の準備が終わり食事を開始しようとした頃に、警邏隊が町に到着したのをMAPで確認した。


「今警邏隊が町に到着したようだ」

「そう、どうなるかな?」

「ここは様子見だな。俺たちにはどうすることも出来ないし」


 クリスは心配そうだ。


「ねえ、その、セラを追っている人が警邏隊の人ってことはないよね?」


 ミアの発した一言で、ヒカリ以外の全員が手を止めてミアを見た。

 視線を一身に受けたミアは驚いて手に持っていたパンを落としそうになっていた。

 完全に失念していた。

 確かにそのマルクスか、もしくはその知り合いが警邏隊の一員なら、それを利用する可能性もゼロではない。

 仮にその警邏隊の全員が息がかかった者で固められていたら、目撃証言のない街道では適当な罪を着せることだって出来る。


「どうにかしないとね……少なくとももっと町から離れる必要はあると思う。出来れば街道から離れたいところだけど……」


 少なくともあと二日は進んでから街道から逸れたい。

 特にこの辺りは歩き難く、途中で川が流れているからその橋を渡る必要がある。


「出来るか分からないけどちょっと作ってみるか……」


 それなりに木材のストックは多い。

 まずはそれを使って錬金術で土台となるリアカーのようなものを作成する。

 あまり大きいと動きがどうなるか心配だから四人が並んで寝られるだけの大きさだ。深い意味はないよ?

 残り二人は御者台のところで一応見張りをしてもらう必要があるから、そっちに座れる場所を作る。

 タイヤに関してはゴムモドキを創造で作成。錬金術で樹液を摘出して、あとは魔物の素材と魔石を使用した。

 予備の分も作っておいたが、基本的にタイヤは左右一個ずつの簡単設計だ。

 それを土台部分と合成して出来上がりだ。

 あとはこれを牽引するために犬型ゴーレムを呼び出して準備万端。

 うん、ここでも造形のスキルがいい仕事をしたと思う。


「夜の間はこれに乗って移動しようじゃないか」

「えっと、それは?」


 ルリカが呆れた感じで聞いてくる。ヒカリは興味が刺激されたのか、近寄って見ている。


「一応馬車のようなものだ。乗心地は……分からないけど」


 これなら二人が見張りで、残りの四人は寝ていけると主張した。

 ただしゴーレムに魔力を供給する者と、周囲の索敵する者が必要だとも伝えた。

 ゴーレムへの指令は街道沿いを進めとしておけばいいだろうし。


「あ、あと一応屋根も作っておかないとだな」


 これは雨風を凌ぐと同時に、阻害系のスキルを付与するためだ。

 肉眼で見られたら無理だが、スキルで遠距離から覗かれた場合はある程度防いでくれる……はずだ。


「それじゃ順番を決めるか」


 ということで、最初は俺とヒカリが御者台に座り、残りの四人が寝ることになった。

 速度は魔力を籠める量で調整可能だが、あまり遅すぎても揺れが酷くなることが分かった。

 試行錯誤の結果振動の少ない速度を導き出すことに成功した。

 ちなみに揺れは馬車よりはましというレベルだ。

 ルリカとクリスはこんな揺れなんともないといった感じだったが、セラとミアは慣れるまでなかなか寝付けなかったようだ。

 俺は馬車を走らせながら、拡大したMAPで町に動きがないかを注意した。



 

 

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