第314話  ヒカリ・2

 主は優しい。

 主のご飯は美味しい。

 主といると楽しい。

 それは初めての感情で、ポカポカとさせてくれた。

 けど時々主は難しいことを言って、困らせる。

 ヒカリが困ったり心配すると、頭を撫でてくれた。

 気持ちよくて幸せになった。

 他にも主には色々なことを教わった。

 料理もその一つ。一人でしちゃ駄目って言われたけど。これは主だけでなく、ミア姉たちにも言われた。何故?

 何でも出来る主を見ると誇らしい。

 それでも主には出来ないこが一つある。

 それは一緒に旅をしていて分かった。

 だから主が出来ないことはヒカリがやる。

 ヒカリなら人間も……せるから。

 それなのに、それも出来るようになった。なってしまった。

 ならヒカリの価値は?

 主との距離は近いようで遠い。

 主に追い付こうと歩くのに、その歩幅と同じように同じ速度で歩いても差が縮まらない。

 このままだと、置いて行かれる。

 心がざわざわした。

 だから契約を解除すると言われた時はドキリとした。

 ミア姉も同じ気持ちだった気がするけど、主と二人で話し合ったあとにそれを受け入れていた。

 その横顔は嬉しそうな笑顔だった。

 また胸が少し傷んだ……。

 結局。ヒカリはそれを断った。必死に。

 だって首輪これがなくなると分からなくなるから……。



 13号と久しぶりに言われた。

 思い出した。

 今まで頭の中に靄がかかったようになっていて見えなかったものが。

 けどそれは13号と言われたからじゃない。

 暗い、昏い、あの漆黒の瞳を見たから。

 あれはヒカリだ……違う、わたしたちだ。


 わたしの最初の記憶は何だった?

 思い出すのは手の中の堅い感触。それは大きな大きな短剣だった。

 それを使って朝から晩まで体を動かした。

 痛いと言っても許してもらえず、来る日も来る日も振るった。

 もちろん他にも色々やった。

 色々なことをやったけど、辛い記憶しかない。

 毎日体は痛い痛いとわたしを攻め立てた。

 だけどそれを許してくれる人はいなかった。

 時間がどれぐらい経ったか分からないけど、わたしの体がある程度大きくなったある日、わたしたちは集められてそこで綺麗な石に手を触れるように言われた。

 何人かの友達がいなくなって、別の新しい子たちがやってきた。

 ただわたしたちの生活は変わらない。

 ううん、もっと酷くなった。

 日に日に要求されることは上がり、出来ないと激しくぶたれた。

 出来ないと御飯も食べられないから、頑張るしかない。

 空腹でお腹が痛い。そんな子がわたしの隣にもいる。

 助けてくれる子もいたけど、次の日その子の顔は赤く腫れていて、口を利かなくなった。

 わたしも徐々に他の子たちへの興味がなくなった。

 ただその日を生きるのに必死になった。

 もう目に見えるのは目の前の何か。それを排除しないと生きられない。

 命令通りに出来ないと痛いことをされる。

 だから黙って命令通り動き、短剣を振るった。

 それからまた時間が経って、わたしはある命令を受けた。

 ある者を……すこと。

 けど私は失敗して、暗い部屋に閉じ込められた。

 その部屋では常に声が聞こえた。

 わたしを攻める声。耳を塞いでも聞こえてくる。

 それが何日も続いて続いて……また命令を受けた。

 標的は前言われた人。

 わたしは今度は……した。

 前回は怖がる顔を見て止まった手が、今度は止まることなく動いた。

 手に感じる感触は、今でも忘れない。

 わたしはそこで仮面をもらった。

 これで始まりだとも言われた。

 それからも色々なことをした。

 人を観察することもした。

 多くの人を……しもした。

 そんなある日、主に会った。

 わたしは主を監視するのが役目だった。

 戦える力が確認出来たら連れて帰るようにとも言われた。

 けどそれは失敗に終わって、ヒカリが生まれた。


 ヒカリの手は肌色。

 けど目を瞑れば見えるのは真っ赤に染まった手。

 一人になると怖くなる。

 けど主がいて、お姉ちゃんたちがいて、少しだけ安心出来る。

 わたしはまだヒカリ。ヒカリでいられる。

 だけど、本当のわたしを知ったら、皆はどういう風に見てくるの?

 あの時、遺跡の中で向けられた視線。

 あれはいつもと違うモノだった。

 わたしはギュッと主に抱き付いた。

 今この時だけは、その不安から解放された気がする。

 大丈夫。主がいればわたしはヒカリでいられる。

 だからお願い主。何処にも行かないで……。

 わたしを置いて行かないで……。

 明日からはしっかりするから……。

 

 

 

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