第313話 アストゥース・2

「今日は主と寝る」

「ミアたちと寝ないでいいのか?」


 食事を終えてそろそろ就寝の時間かと思っていたころに、ヒカリが俺のベッドに転がり込んできた。

 助けを求めてミアたちを見たが、お願いと口パクされた。

 近頃は他の子たちにべったりだったから、一緒に寝るのは久しぶりかもしれない。野営の時は一緒にいる時間が長かったけど、いつも以上に真剣に見張りをこなしていた。


「こうやって寝るのも久しぶりかな?」

「……うん」

「……あ~、なあヒカリ。遺跡に行って色々あったけど、あいつらに居場所がバレたのがショックだったのか? 逃げた奴はいないと思うから、王国に俺たちのことを知られることはないと思うぞ?」

「……違う。そうじゃない」


 ギュッと力強く抱きつかれた。

 そう言えば一番最初に会った時もこんな感じだったな。

 あの時と違うのはヒカリの表情から少しだけ何を考えているか分かったことか。

 もちろん何が原因でこんな状態になったかは分からないが、ヒカリが何か迷っているのは分かる。口が小さく開いては閉じてを繰り返しているから、話そうかどうかを悩んでいるのかもしれない。


「今は無理しなくていいよ。もし悩みがあるなら、ヒカリのタイミングで話してくれればいいから」

「……うん」


 しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 ヒカリの様子を見ると、もしかしたら失われていた記憶が戻ったのかもしれない。

 王国は召喚者たちを捕らえて、その力を自分たちのために利用している。ヒカリもきっとそんな被害者の子孫の一人なんだろう。黒髪に黒目。それがその証だと思っている。

 どんなことをさせられていたのか、想像することしか出来ないが碌なことではないはずだ。実際ヒカリは隷属の仮面なんてものをさせられて、汚れ仕事のようなことをしていた(俺の監視とか)。

 忘れていた方がいいと思うような記憶である可能性が高い。

 それに相談なら俺よりもミアたちの方が話しやすいかもしれない……寂しくなんてないよ?


 翌日ルリカたちと一緒に冒険者ギルドに向かった。

 久しぶりの冒険者ギルドは、ちょっと殺伐とした雰囲気だった。

 中に入って思わず息を呑むほどだった。無数の目が一斉にこちらを向いたから。


「それじゃちょっと私が聞いてくるから、クリスはソラと一緒にどんな依頼があるか見ておいて」


 それは俺を一人にするのは危険ということですか?


「討伐依頼はあまりないですね」

「このあたりは荒野だし、魔物がそんなに生息してないのかもしれないな」

「……荒野は関係ないかもですよ。けど確かに魔物も生きにくい環境ではあるかもしれませんが」


 森とか草原と比べてですがとのことだった。

 そして依頼票の中で一際目立つのは黒い森への進攻の参加依頼だった。

 依頼の下の方には締め切り間際とあり、その報酬は他の依頼に比べても抜きんでて高額になっている。


「締め切り間近ということはそろそろ作戦が開始されるということか?」

「どうでしょうか? もしかしたらですけど、もう一部は開始されているかもしれませんよ」


 黒い森は広大だ。

 だが目的は魔王討伐。実際に魔王を討伐に向かうのは高ランク冒険者だと思うから、他の低ランク冒険者の仕事はいかにその血路を開くかにかかっている。

 確かに万全な態勢で挑む必要はあると思う。

 そしてクリスのいう高ランク冒険者とは、異世界召喚された勇者たちも含んでいるんだろう。

 ただ俺が思うのは、この通信のない世界(一応伝言サービスはあるが)で、どうやって連携をとるつもりなのか……うん、同じ人間至上主義だけど、王国と帝国が手を組んで活動する姿が想像出来ない。

 特に王国は領土拡大とか狙っているみたいだから、これに乗じて帝国の力が削げれたらとか考えていそうだ。

 大丈夫か人類? と思わずにはいられないが、ユタカの話だと以前は魔王討伐に失敗した時は何度も異世界召喚が行われていたが、最後の方は一度の召喚で魔王を討伐していたような話をしていた。

 それは必ず魔王を倒せる手段があるということか?

 それが女神降臨? 女神が直接魔王を討伐するということか?


「ソラ、何を考えているの?」

「……どうやって魔王を討伐するのかなって。魔人の強さを知る身としては想像出来なくてな」


 それも本音だ。王国ではイグニス一人相手に大打撃を受けた話も聞いた。

 実際に目の前に対峙した経験者としては、今までどんな魔物を前にしても、あれ以上の恐怖を感じたことがない。それは成長した今も変わらないような気がする。

 遺跡で高ランク冒険者。あの中にはAランクもいるとの話だったが、正直言ってあのレベルでイグニスに勝てるとは思えない。

 もっともイグニスを倒す必要はないのか。

 その後ルリカが戻って来たから、その足で特に町中を歩かず真っ直ぐ宿に戻った。

 その間、常に見られているような感じを受けたがそれは気のせいではないだろう。

 気配察知を使えば尾行者の存在を確かに感じることが出来た。


「素人ね」


 とはルリカの言葉だった。 

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