第303話 とある異世界人の記録・2

 ユタカの独白はまだ続いた。


「ただ、異世界召喚には二つの方法があることも分かった。女神が行う召喚と、王国が人為的に行う召喚。どうも前者の召喚だと、召喚者たちは目的を達成すると元の世界に送還されるようだった。すなわち魔王を討伐をすると。何故二つの方法があるのか、それは人為的に行うにはかなりの魔力が必要だからみたいだ。そのためそれが出来ない時は、女神が召喚しているようだった」


 もっとも女神が召喚する時は、それなりに人の世界に被害が出てからみたいだったと言う。ユタカの考えでは、ある程度の罰を人類に与えるためではないかと、その時は考えていたみたいだ。

 また魔王が召喚者たちを撃退したのか、時々同時期に再召喚が行われたことがあったが、それがここ最近では一度の召喚で完結しているようだ。

 人間側が確実に魔王を倒せるところまで、召喚した者たちを鍛えてから魔王討伐に向かわせているのかもしれない。

 その後も観察を続けつつ、長い年月をかけて戦える戦力を整え、エレージア王国にいいように使われている異世界人の子孫たちを救出するため、行動を起こす段階まできた。

 しかしその直前で、ある時事件が起きた。


「それは突然のことだった。何百年と過ごしていたある日。僕と一緒に行動していたローナが魔王に選ばれた」


 ローナは呼ばれているといって、姿を消した。けどユタカには、魔王になった彼女の行き先がはっきり分かっていたそうだ。

 それは魔王が必ず黒い森の奥深くにある、魔王の居城を拠点とするからだ。


「僕は残った仲間の手を借りて魔王のいる黒い森に向かった。そこであの時の魔人と再会し、魔王となった彼女と再会し、今まで知らなかった真実をまた知った。ローナが魔王に選ばれたのは偶然でなく、僕たちが女神にとって邪魔になったからだと言う。違う、それだけでなく彼女を選んだことによって絶望する僕たちを見て、楽しんでいると言った」


 ローナが何故そう思ったのか聞いたら、彼女は歴代の魔王の記憶を一部受け継いだからだということだった。

 そして女神にとって、世界に混乱を振り撒くエレージア王国は使い勝手の良い暇つぶしの道具みたいなものだということを、ローナの口から聞かされた。


「それを聞いた僕の仲間たちは、身の危険を感じて一人、そしてまた一人と僕の元を去って行った。薄情と感じる人がいるかもしれない、だが僕は仕方がないと思った。僕は彼ら彼女たちに感謝し、最後に餞別を渡すことしか出来なかったが、そして死ぬまでにもう一度彼らと会うことはなかった」


 ユタカが手渡しているものの中に、クリスの持つペンダントに非常に似ているものがあった。

 もしかしたら似ているのではなく、そのものかもしれないと思ったが果たして……。


「一人残された僕は、彼女に教えてもらった古代語や、日本語。様々な言語で書物を書いて警告をしてみた。最後の悪あがきみたいなものだ。もっともそれは無駄に終わり、やがて不名誉な名前をつけられたりもした。結局、僕は彼女の人生を奪い、命を奪い、運命を何一つ変えることも救うことも出来なかった。残ったのは孤独と後悔だけだった」


 そこで一度映像が切り替わり、今度は年老いた姿のユタカが映し出された。


「それからどれぐらいの時が経ったか。僕の老いが始まった。後は死を待つだけと思い、一人ペンを走らせていたら、懐かしい者が訪れてきた」



「魔人が活動しているということは、また魔王が生まれたのか?」


 僕の問いに、その魔人……翁は頷いた。


「そうなるのう。そんな時、お主の寿命がそろそろ尽きそうだという話を小耳に挟んでのう。最後に一目見ようと思ってきたわけじゃよ」

「……そうか。笑いにでも来たのか?」

「まさか! その逆じゃよ。手向けとして伝えようと思うてのう。わしら魔人も、今の世界を変えたいと思うておる。そのための準備も着々と進めている、とな」

「……どうやって変えるというのだ?」

「簡単に言うと女神を殺す。馬鹿げたことかもしれないがのう、神を殺すとは。ただ、わしらとて手をこまねいて魔王様を殺されているわけではないと言うことじゃ。もっとも、今まで何度も試みて結局失敗していたがのう」

「君たちも足掻いていたということか」


 まさか共感してくれる数少ない者が、人間ではなく魔人の中にいるとは思わなかった。


「すぐには成果を出せないが、いずれは達成させるつもりじゃ。一番の問題は女神を確実に殺す方法を調べることじゃが。あれは狡賢い女狐じゃからのう」

「そうか……はは、それを聞けて少しだけ安心したよ」

「なに、お主の書いた書物で、危機感を持つ者も多少は増えたからのう。あれに救われた者もいるというものじゃ」


 思わず涙が出た。無駄だと思っていたことが、少しだけでも報われたと言われて。


「そうか。ならあとは君たちに任せるよ。一応ダンジョンで手に入れた魔道具に僕の知り得るものを記憶して残すつもりだけど、下手に僕のようなものが動くよりもいいだろうから」

「お主の話を聞いてどうするかは、それを聞いた者次第じゃよ。もしかしたら、その記録が役立つ者もおるかもしれないからのう。ただ、何かしら条件はつけておいた方が良いかもしれないのう。誰彼構わず渡しても意味がないからのう」

「そうか……そうだな。だが良いのか? 僕とこのような話をしていて、君たちのすることが女神に伝わるんじゃないか?」

「女神とて万能ではないからのう。その辺りは大丈夫じゃよ。それにあの女狐にとっても、わしらの抵抗は、暇つぶしのお遊びのようなものみたいじゃからのう。実は知ったうえで放置して、わしらが絶望する姿を見て楽しんでいる可能性もあるがのう」


 翁の言葉に、ローナが魔王に選ばれた時のことが脳裏に蘇った。

 僕のいた世界には神という存在はいなかった。否、もしかしたらいたかもしれない。

 僕がただそれを感じられないだけで。


「ではさらばじゃ異世界からの来訪者よ。もう会うことはないじゃろうがのう」


 翁は最後にそのような言葉を残して去って行った。

 僕は一人残され、記録を残した。

 この部屋には特殊な条件をつけて、入場制限を設けた。

 それは多種族の者が揃った場合のみ、この部屋に入れるということ。この世界には人間以外にも、エルフ、獣人、竜人、精霊、妖精、魔人と多くの種族が存在する。

 ただその仲はあまり良くなかったりする。争いの原因になるほどだし。

 それでも一緒に行動するような人がいたら、僕の話を聞いてもらいたいと思った。かつて僕に力を貸してくれた時のような光景を……と臨んだのかもしれない。

 他にもこの遺跡に召喚者にしか分からない言葉を残すことにした。だからその多種族の中に、異世界人がいることも条件に付け加えた。

 目立つ場所にあるわけではないから目にすることはないかもしれないが、偶然これを目にした異世界人がいるのなら、危険には近付くなという警告の意味を込めて書いた。

 ……果たしてこれを目にした者がいた時、世界はどうなっているだろか?

 翁たちの計画が成功して世界は変わっているのか、それとも変わらぬままなのか……魔王の存在しない世界になっていることを、僕は祈ろう。

 


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