第302話 とある異世界人の記録・1

「僕の名前はユタカ。異世界召喚された者の一人だ」


 見た目は二〇代後半といったところか?


「この記録を見ているということは、僕の残した言葉を理解してきたのか? それともただの偶然か? それを確かめる術はないが、ただ僕の話を聞いて欲しい。そして可能なら、救って欲しい」


 一方的な言葉だったが、映像だから仕方ない。


「僕はこの世界とは別の世界の住人だった。クラスメイトたちと一緒にこの世界に呼ばれて、魔王と戦うことを命じられた。それが元の世界に戻るための条件と言われて」


 何処か遠くを見る眼差しは、その時のことを思い出しているのだろうか?


「激しい戦いの末、多くの犠牲を払って僕たちは魔王を倒した。その戦いでクラスメイトの多くも死んだ。僕もその戦いで、その力の殆どを失ってしまった」


 悔いているのか、拳が強く握りしめられていることが映像からでも分かった。


「それから待っていたのは残酷な現実だった。魔王には核などなく、それどころか魔人に言われたのは、魔王は元人間だということ。魔王は世界に負の感情が溢れた時に、世界が壊れないように生み出されると言っていた。もっともそれが真実であるかは、最早僕たちには分からなかったが」


 それを聞いて多くのクラスメイトが嘆いたと言う。

 ただ元の世界に戻りたい。そう願い、それを支えに戦っていたからだ。

 それが壊されて、正気を失った者も何人かいた。


「魔人は消え、僕たちは真相を確認するため戻った。もう何が真実で、何が嘘かが分からなかったから。ただ、それこそが最も愚かな行為だった。そこに待ち受けていたのは裏切り。表では魔王を倒した英雄として迎え入れられたが、問い詰めた瞬間奴らは優しい仮面を剥ぎ取り襲い掛かってきた」


 ふと視線を感じて周囲を見ると、クリスたちが心配そうにこちらを見ていた。

 俺は大丈夫だよと答えて、目の前の映像に再び集中した。

 既に戻れない可能性についてはイグニスから聞いて分かっていたから。


「仲間は次々と捕まり、僕は最後のスキルを咄嗟に使った、使ってしまった。僕のスキルは特殊なもので、物凄く強力だった。ただその代償として、覚えたスキルを失うというリスクがあったけど」


 それが一つ目の後悔であり罪だと言う。


「あの時は、ただ助かることだけを考えて自分一人だけで逃げた。冷静になってどうにか仲間を助けようと試みたが、使えるスキルを失い、他に頼れる者がいなかった僕には何もすることが出来なかった。思えば僕たちは籠の中の鳥だった。戦うことしかしないで、この世界のことを何一つ理解していなかった」


 今思えば、意図的にそのような情報から遠ざけられていたと思うと言った。


「逃げるように王国を去り、何をする訳もなく、何処に向かう訳でもなく進み、僕は倒れた。そこで一人の女性と会った。彼女たちのことは知っていた。エルフという長命種で、知恵者だった。もっともそれは僕たちの世界でのことだけど、話を聞くと概ねその通りの人たちだった」


 懐かしいのか、それとも大切な思い出なのか。その時の顔には少しだけ笑みが浮かんでいた。


「彼女はローナと名乗り、僕の支離滅裂な言葉を嫌な顔一つしないで聞いて、最後にこう問い掛けてきた。『貴方はどうしたいの?』と」


 その眼差しは、全てを失い絶望していた心を癒してくれたそうだ。


「僕は仲間を助けたいと思った。ただこれはすぐに無理だと悟った。個人が国に立ち向かうなど無理だからだ。スキルがまだ使えたら方法があったかもしれないが、今はそれも失ってしまった」


「なら僕に出来ることは何か? 考えた時に、これから先に来る者たちに警告することが出来ると思い、そのために動くことにした。僕たちと同じような被害者が出ないようにするためにも」


 そう伝えると、ローナは手伝ってくれると言ったそうだ。


「僕は彼女の力を借りて調査をしたが、時間が圧倒的に足りなかった。魔王の真実もそうだ。魔人の言った言葉が本当か確かめる術がない。歴史を調べて魔王が誕生する周期を調べ上げたが、次に魔王が生まれるには早くても数十年、遅いと一〇〇年以上先になる。僕の寿命は運が悪ければ間違いなくそれより先に尽きるだろう」


 人間の寿命を考えれば当然だ。それにこの世界はただ生活するだけでも、危険が溢れている。


「ローナにそのことを伝えたら、一つだけ方法があるかもしれないと言った。ただ、下手をすると命を落とすとも言われた。僕は縋った。既に一度死んだようなものだから、可能性があるなら試したいと思った」


 僕の言葉にローナは心配だと言ってきたが、それでも決意は変わらなかったそうだ。

 勝手な奴だと自分自身でも理解していたが、もうこの生き方しかないと、その当時には盲目的に思っていたとユタカは語った。


「それは竜王から血を分けてもらうことだった。適応出来なければ死ぬが、適応出来たら寿命は延びるとのことだった。ただしどこまで生きられるかは分からないということだったが、僕はそれに飛び付いた。馬鹿げたことだと思うが、可能性があるならと」


 竜王と聞くと厳かな人を想像するけど、気前のいい人だったそうな。

 俺が受けた印象とはちょっと違うが、気のせいかな?


「竜王は悩んだ末、血の儀式を行ってくれた。ローナの言葉が大きかったのかもしれない。僕は生死を彷徨ったがどうにか適応出来た。竜王はただし、老いが始まれば効力が切れ始めた時だと教えてくれた。それでも五〇〇年は少なくとも生きられるだろうとのことだったから十分だと思った」


 それからも言葉が続き、ユタカが見てきたことが語られていた。

 少しまとめると、魔王が復活するのは、大きな戦争などで人が多く死んだ時に多いことが分かった。それはまるで人類が滅亡するのを止めるためみたいで、まるで戦争に魅入られた権力者たちの意識を逸らすためのようでもあったと言う。

 そして魔王が誕生すると異世界召喚は必ず行われ、それを行うのは常にエレージア王国だということも分かったとのことだ。

 また異世界召喚した者たちを逃がさないのは、異世界人は強力なスキルを持ち強い力を持っている。その血を取り込み、その血を使い。強力な戦士を作っているように見えたと言う。実際小国の一つだった王国は、その領地を徐々に広げていったと、ユタカは語っていた。

 俺はそれを聞いて、ヒカリのことを見た。

 ヒカリは理解していないようだったが、もしかしてという思いが強まった。

 黒目黒髪。この世界では見かけない容貌。彼女は過去の異世界人たちの血を受け継いでいる一人なのかもしれないと。

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