第298話 遺跡・1

 ナハルから歩いて五日ほどの場所に、それはあった。

 魔物の襲撃を防ぐためなのか、防壁が建てられていた。

 踏み締められた道に沿って歩いて行けば、木で組まれた門があり、左右に鎧を着こんだ者が槍を手に持ち立っている。


「何用だ!」


 近付けばそのうちの一人が槍の先端を突き出し、誰何すいかする。

 さらに警戒した様子で、ジロジロとこちらを観察するように見てくる。

 ここで怪しい者ではありませんなんて言っても、きっと信じないだろうな。


「遺跡を調査したいと思って来たんだが、駄目だろうか?」


 なので素直に言ったが駄目だった。当たり前か。


「駄目だ駄目だ。ここには許可のある者以外入場はさせられない」


 むしろ声を荒げて門番はヒートアップし始めた。


「どうする?」


 一歩下がり皆に尋ねた。

 もともと冒険者ギルドで情報を集めていて、入場出来る可能性は低いことは分かっていた。

 ただここまで話が出来ないとは思っていなかったのは事実だ。こちらに向かっている間に良いアイデアが思い浮かばなかったというのもある。

 何か失敗でもして怒られたのだろうか? と思うほど門番は取り付く島もなく、興奮しているような気がする。


「冒険者の身分証を出しても駄目そうよね。もっとランクが上だったら違ったかもだけど」


 ルリカはそう言うが、今の冒険者ランクはBだったはずだ。

 マジョリカで魔物の討伐証明を多く提出したのが大きいのだろう。


「何だ、どうした?」


 俺たちが少し離れた位置で今後のことを話をしていたら、騒ぎを聞きつけたのか一人の男が姿を現した。

 その男は門番と同じような鎧を着ていたが、声を荒げた若い男よりも落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 男は門番二人と何事か話していたが、やがてこちらにゆっくりと近付いてきた。


「すまないな。遺跡の噂を聞いてきたと思うが、今現在この中には許可のある者しか入ることが出来ないんだ。これは国からの命令で……」


 その物腰は柔らかかったが、明らかな拒絶の言葉が述べられた。

 なのにその視線はある一点で固定され、その表情がみるみるうちに驚愕のそれに変化した。

 何があったとその視線を追うと、クリスに注がれていた。その胸元に。

 クリスもその視線には気付いているようだったが、意味も分からず戸惑っているように見える。


「そ、それは……」


 不意に男はクリスに近付くと、クリスを覗き込むように見てきた。

 クリスが急な接近に一歩下がると、男はそれを見て慌てて一歩下がると頭を下げた。それは見事な、お手本のような一礼だった。


「申し訳ございませんでした。私はここで警備隊の隊長をしているジョセフという者です。こちらには何用で来たのでしょうか?」


 その態度に俺たちも驚いたが、それ以上に門番の二人が驚いているように見えた。


「隊長、そんな奴ら……」

「馬鹿野郎! 黙ってろ! 申し訳ございません。後できつく言い聞かせますので。解雇しろというならすぐ解雇しますので! ……それで、何用でこちらに来たのでしょうか?」


 ジョセフは低姿勢のまま、クリスに尋ねた。

 ジョセフに怒られた若い門番は驚き、解雇の言葉に顔を青くしている。


「あ、あの、その前に一つ良いでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「ジョゼフさんにこのような態度をとられる覚えがないのですが……」


 クリスの疑問に今度はジョゼフに戸惑いの色が見えたが、すぐに何かを悟ったのか頷くと声を発した。


「そうですね。ではその理由をお教えします。ただここでは誰が聞いているか分かりません。こちらについて来てください」


 ジョゼフが開門を告げると、門番は慌てて門を開いた。

 一人ずんずん中に入っていってしまったが、俺たちが動かないでいると慌てて戻ってきた。


「ど、どうぞこちらです。こちらはお仲間の方ですか? では皆さんも一緒に来てください。決して危険はありません。それは私が保証します」


 何処か必死なジョゼフに気圧されてクリスが歩き出したため、俺たちも後に続いた。

 中に入ればジロジロと視線を集めたが、ジョゼフが一括すると散っていった。

 ジョゼフは警備隊の隊長と名乗っていたが、それなりの地位の者なのかもしれない。

 ただそれ以上、ジョゼフが物凄く緊張しているのが伝わってきた。

 何故って? 手と足が同時に出てるから。ヒカリなんて小声で「変な歩き方」と真っ当な意見を述べていた。小声だったからか、それとも緊張のため声が届かなかったのか、ジョゼフの動きは変わらない。


「こ、こちらになります。司令! お客様を連れてきました‼」


 そこは門からかなり中に入った奥まった場所で、大きなテントが設置されていた。

 ちなみにテントの前には、屈強な武装した騎士のような人が入口の両サイドに立っている。

 その騎士たちも、ジョゼフの奇行に苦笑を漏らし、一人が宥め、一人が中に入っていった。

 そしてしばらくしたら戻ってきて、


「中に入るがよい」


 と呟き道を開けた。

 ちなみにその時、俺たちはしっかり粗相がないようにと注意されたが、その声もジョゼフには届いていないようだった。

 



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