第293話 ナハル・6

 錬金術ギルドで激しい質問攻めを受けて疲れた体も、施設まで歩いて戻る間に回復した。

 施設に近付けば、子供たちの歓声が聞こえた。

 思わずクリスと顔を見合わせて中に入れば、ヒカリに預けた人形が華麗? に動いているのが見えた。

 やがて人形の動きが停まってコテンと倒れると拍手が鳴った。

 少しヒカリが得意げにしている珍しい姿を見ることが出来たが、俺たちのことに気付くといつもの表情に戻ってしまった。

 子供たちがヒカリに「もっと」とせがんでいたが、フィロが子供たちを止めて何事か指示を出すといくつかのグループに別れて掃除などをし始めた。


「やれやれ、ありがとうねヒカリちゃん。子供たちの相手をしてもらって」

「うん、問題ない」

「クリスたちも戻って来たんだね。さっきルリカとセラも来てくれてね。早速料理をしてくれてるんだよ」


 料理の出来る子供と一緒に作業しているそうだ。


「それでクリス。ちょっといいかい? 思い出したことがあってね」


 フィロに先導されて向かったのはフィロが個人的に使用している部屋だった。


「ここって……」

「ああ、モリガンさんが使ってた部屋なんだけどね。書類仕事とかはここでやらせてもらってる。それでね……」


 フィロは服の中に隠れていたペンダントを外すと、その先端についている鍵を使って引き出しを開けた。

 そこには小さな箱が入っていて、それを開けると綺麗な装飾されたアクセサリーの付いたペンダントが入っていた。

 それを見たクリスが思わず息を呑んだ。


「これはモリガンさんが何処かに出掛ける時に私に預けていったものでね。万が一自分が戻らなかった場合に、これをクリスに渡してくれって頼まれてたんだ」


 クリスたちが冒険者になって町を出た時は、まだ戻って来ると思いしまっていたそうだ。

 それからもう四年近く経つのに一向に戻って来ない。

 そんな矢先にクリスたちが帰還したので、渡そうと思ったらしい。


「私も少し忘れてたんだけどね。ふと思い出して」


 と、申し訳なさそうに言ってきた。


「ううん、フィロさんは色々大変だからしかたないです。けど、私が受け取っても仕方ないと思うのですが……またここを出て行く予定ですし」

「その話はルリカたちから聞いてるよ。エリスの件だろ? それでも持って行きな。わざわざモリガンさんがクリスに渡してくれって言うほどだ。何か意味があるかもしれないし」


 忘れていた私がいうことじゃないけどね、とアハハと笑いながら、フィロはそのペンダントをクリスに掛けていた。

 その時何事か耳元で囁かれていて、クリスの頬が赤く染まっていた。



「ヒカリお姉ちゃんまたね!」

「ミアお姉ちゃんも!」


 帰る時、子供たちが二人に別れの挨拶をしている。

 ヒカリは分かるがミアは何故? と思ったら、一部の子たちと裁縫をしていたそうだ。

 穴の開いた服に当て布をして縫っていたそうだ。

 人数もいるし、古着を買うにしてもお金が掛かるため、買えない人たちはボロボロになるまで着古すのがこの世界の常識。またその古着もまだ使えるところは当て布や雑巾として活用する。

 ただそれが出来る人が少ないため、ミアが手伝って仕上げていたそうだ。


「新しい布は必要か?」

「……古着を少し買ってあげたいとは思うんだけど……」


 あまり与えすぎても駄目だとミアは言う。

 一時的には改善されるが、将来的には為にならない。

 この問題は国が、町がどうにかしないといけない。


「それにここの施設の出身者の方たちも、寄付してくれてるみたいですから」


 ミアがルリカたちを見ると、ルリカが恥ずかしそうに視線を逸らした。


「本当はもっとたくさん寄付出来たらとは思うのですが……」

「フィロさんに断られたのよ。まだ必要になるかもしれないからって」


 クリスの言葉を受けて、ルリカが説明してくれた。

 エリスのこともあるし、旅を続けるならそれなりの装備品も必要になってくる。

 それを疎かにして、クリスたちが危険な目に合うのを心配してのことだろう。実際に、施設を出た子が冒険者になって、命を落としたという話を聞いたのは一つや二つじゃないらしい。

 あとは単純に、フィロにとってはいつまで経っても手のかかる子供という認識かもしれない。


「なら俺の方からお金を出すから、少しだけ何か買おうか? ルリカたちには新人の頃にお世話になったし。古着……よりもシーツとかの方が良いかな?」


 確か寒い時は身を寄り添って寝てるなんて話を聞いたような気がする。


「風邪をひいてもいけないし。そっちなら納得してくれるかも」


 ミアもその意見に賛成ということなので、なら明日は買い出しかな?


「ついでに旅の支度もそろそろ進めよっか……何処かで区切らないと、いつまで経っても出発できそうにないから」


 ルリカの言葉に、クリスとセラも名残惜しい気持ちがあるようだが頷いていた。

 エリスが見つかっていたならこんなことで悩むこともなかっただろうが、まだ彼女たちの旅の目的は達成されていない。

 なら、それが終わったら? 三人はこの町に住むのだろうか?

 では俺は、俺たちは?

 一つの問題が解決したら、また別の問題が浮上するかもしれない。

 そんなことを思いながらも、その現実から今は目を逸らして考えるのをそこでやめた。

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