第288話 ナハル・2

「ここは変わってないかな?」

「壁が綺麗になっていると思う。あと、庭に花を植えたみたい」


 ルリカとクリスが一つの建物の前で立ち止まると懐かしそうに言葉を交わしている。


「四年ぶりになるのかな?」

「まったくその通りよ」


 ルリカの呟きに、背後から声が返ってきた。

 その声に導かれるまま振り返れば、大きな荷物を背負った一人の女性がいた。

 年齢は三〇歳ぐらいだろうか?


「もしかして……フィロさん?」

「ああ、ルリカだけじゃなくクリスもいるね。本当に、良く戻ってきたね。それにこんなに綺麗になって」


 突進してきたと思ったら、ガバッと両手を回して二人に抱きついた。


「ちょ、ちょっと痛いよフィロさん」

「うん、痛いです」

「文句言うんじゃないよ。本当に心配したんだよ」


 熱い抱擁はしばらく続いたが、俺たちの存在に気付いたのか少し恥ずかしそうだった。


「悪かったね。それで……」


 と、そこで今度はセラと目が合った。

 ジロジロとセラのことを観察し、


「もしかしてセラ……かい?」


 と驚き慄いていた。


「久しぶりさ、フィロ」


 セラは至って普通だったが、尻尾がソワソワと動いていた。


「そっか。セラを見つけることが出来たんだね……抱きついておく?」

「恥ずかしいからいいさ。それよりもフィロは変わってないさ」

「あんたは……色々と成長してるようね」


 その視線が胸元に注がれたが、口を挟むのは危険だ。


「それでそっちの三人は?」

「男の子がソラ。こっちがミアでこっちがヒカリちゃん。旅先で出会って、色々お世話になったんだよ」


 ルリカの説明に、お世話になったのはこっちだと心の中で応えた。


「そうかいそうかい。何にもないとこだけど、ゆっくりして行っておくれ」


 その建物に入れば、思いのほか多くの小さい子がいた。


「二人が出て行った後もあれから増えてね。もちろんここから出て行って生活してる子もいるんだけどね」


 施設から出て行く以上に、保護されてこちらに来る人が多いみたいだ。

 中にはルリカとクリスのことを知っている子もいるようで話し掛けられている。

 俺たちの方は見知らぬ客が来た的な扱いで少し遠めに見られていたが、ミアは何故かなつかれている。聖女パワーか?

 あ、セラが手招きされて呼ばれた。

 ポツンと残った俺とヒカリは、指を咥えた小さな子たちに見られている。

 クイクイ、と袖を引っ張られた。視線を落とすとヒカリが袖を掴んでいる。


「主、この子たちお腹空かせてる」


 ヒカリの言葉に良く見れば確かに全体的に肉付きが悪い?

 顔色はそこまで悪くないようなんだけどな。


「確認するか?」


 俺の問いにコクリとヒカリが頷いた。

 となると事情を知ってそうなのはこの施設の人だが……フィロを探したが部屋にいない。

 仕方なく気配察知を使えば、離れた場所にフィロの反応があった。

 部屋を出てそちらに向かえば、何事かごそごそしている。

 入口で壁を叩くと、音に気付いたフィロがこちらに顔を向けた。

 俺たちに気付いて驚いているようだったが、すぐに笑顔で話し掛けてきた。


「どうしたんだい? 道に迷った……わけでもなさそうね」

「ああ、ちょっと気になることがあってな。それは食料か?」

「まあね……」


 一瞬フィロの表情が曇ったのは見間違いじゃない気がする。


「……それで何日分だ?」

「……五日分よ」


 俺は改めて食材の山を見る。

 施設内にいた子供の数を考えると少ないような気がする。


「お金がないの?」


 ヒカリが直球を投げた。


「……お金は支給されてるよ。ただ、食糧の値段が上がってるのよ」


 悔しそうに唇を噛んでいる。


「フィロさん、理由を聞いてもいいですか?」


 クリスが音も無く現れ、フィロを真っ直ぐ見ている。

 フィロは視線を逸らし一度俯いたが、ため息を一つ吐くと、困ったように笑いながら言った。


「遺跡の話は聞いた?」

「はい」

「それが全ての元凶よ。元々人が住んでなかった場所に町を作って、自給自足を始めて。町の人たちだけならそれでも生活が出来たのに……」


 その横顔からは悔しさが滲み出ていた。


「町の代官は何とかしようとしてくれたんだけどね。儲けに走った商人たちが食料を買い占めるから高騰していってね」

「そんなことが……」


 買われた食料は遺跡の近くに作られた拠点に送られているとのことだ。

 一応他の町を頼って食料を輸送してもらったりしてるが、輸送費の分だけどうしても高くなってしまっている。

 本来なら農業を生業としている最寄りの村を頼ったりするのだが、戦争によってそういう村が潰れてしまっていた。


「町でも農業とかやってるんだけどね。野菜とかの育ちがあまり良くないみたいなんだよ。特にこの頃は天気も不安定だったし」

「ソラ、どうにかならないですか?」


 農業に関しては素人だからな。土地が瘦せ細っているとかの理由だったら、錬金術でそれに適したものを作れるかもしれないが。


「とりあえず農場を見せてもらってもいいかな? あとは……これを使ってくれ」


 案内は子供たちでも出来るそうだからそちらに頼むとしよう。

 俺がアイテムボックスから次々と魔物の肉を取り出したら、フィロは口を開けたまま固まってしまった。

 クリスからは「ありがとう」と礼を言われたが、やはりお腹一杯食べるのは大事だよな。

 ヒカリを見ればギュッと腕に抱きつかれた。一応良くやったといったところかな?

 そして動き出したフィロからも礼を言われ、クリスが顔見知りの子に声を掛けて農場への案内を頼んでくれた。

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