第283話 山岳都市ラクテウス

 ラクテウスまでの道のりは、馬車が通れるほど整備された道ではなかったが、それでも苦労することなく登りきることが出来た。

 単純に前回の山登りの経験が生きた、というわけではなく、歩きやすかったのが大きい。

 もっともマルテ側から登る道は、反対側の道よりも易しい作りになっているから、本番はラクテウスからエルド共和国へと向かう山路だ。

 実際下る方が歩きにくかったりもするんだよな。

 ラクテウスに到着すると、まず驚いたのはその物々しい雰囲気だった。

 ラクテアと違い一見砦のように見える外観は、見た目を裏切らず元々砦だったもののようだ。

 それは遥か昔。まだエルド共和国という名の前の時代に、種族間での争いが激しかった時があり、その名残が今でも残っているそうだ。直接は関係なかったが、その余波で争いに巻き込まれた歴史があるみたいだ。

 もうその争いも終わり幾星霜経っているのにそのままなのは、立地的に改修出来なかったというのもあるが、時代が変わればまた争いが起こるかもしれないという思いが受け継がれているためのようだ。

 時代が変われば人も変わるからな。一人の暴君で国が荒れるなんてことは珍しくないし、それだけその当時は、熾烈な争いが起こっていたという。


「これを見た後だと、ラクテアは長閑な町だったんだと思わずにはいられないね」


 向こうは単純に山路が厳しい環境だというのもあるんだろうけど。


「こっちは山路が易しかったりするのかな?」

「聞いた話だとそうでもないみたいだけど、どちらにしろ注意は必要ね」


 まったくその通りだよな。

 ラクテウスは獣人の比率が多いようで、セラを見て何やらアピールしている若者を多く見た。

 何をしているか聞くと、あれは獣人特有の求婚ポーズだと、宿の女将から教えてもらた。

 宿の女将といっても客が少ないため、本業は違うらしい。

 実際宿といっても、毛皮のシーツを敷いて寝るだけの簡易なものだしな。


「それで何故求婚を?」

「若い娘がいないってのもあるんだけどね……健康的で強さを感じたからじゃないかい?」


 確かにセラは強いだろうな。それこそ村の若者の中には敵う者はいまい。


「セラ、もてもてじゃない」


 ルリカの揶揄うような言葉に、セラは余裕の表情で首を横に振る。

 どうやらお眼鏡には敵わなかったようだ。


「ただ珍しいだけさ。ボクなんかクリスやミアに比べると全然可愛くないし」


 名前を呼ばれた二人は、ジッと一部を凝視しながら動かない。

 俺? 俺は出来るだけ視線を逸らしていますよ? 引き寄せられる魔力に抗い、出来るだけ顔に視線を固定する。


「セラ姉。しっかり着ないとダメ!」


 良く言ったヒカリ。けど結構ヒカリもミアに注意されてるよね?

 セラとヒカリの二人は時々薄着で徘徊する時があるんだよな。ま、ヒカリはお風呂からあがった時限定だけど。

 奴隷だった頃は注意と言う名の命令でコントロールしていたが、解放されてから時々こんな感じがある。特にセラは目のやり場に困るから、俺も注意していた。ヒカリはまあ、そこまでじゃないから……。異性というよりも妹的ポジションだし。

 セラは戦闘奴隷として生きてきた弊害だろう。特に黒い森とか、過酷な環境で生活していたから。

 男としては……まぁ、嬉しいけど。他の人の目があるとね……。

 殺気が飛んでくるからね! 目で人が殺せると思えるほどのものが。


「それでエルド共和国内だけど、どんなルートで進むんだ?」

「ルートと言っても殆ど一本道なんだよね。まずは国境都市ベルカに寄って、フィロと首都フラーメンを通って、ナハルの町が最初の目的地になるかな」

「ナハル?」

「セラ、前に話したでしょ。私たちが住んでいたところは戦争で住めなくなってしまったから、新しく町を作ったって」


 ルリカの説明でセラが首を傾げれば、クリスが仕方がないなという感じで、俺たちにも分かるように説明してくれた。

 その説明によれば、ナハルは帝国との戦争で被害にあった人たちのために作られた町のようで、殆どの人がそちらに移動しているそうだ。

 本当はいくつもの村が点在していたが、戦争後それが危険だということを再認識したようで、一つの町にしたと言う。

 村が多く出来ていたのは、共和国として一つにまとまる前に、集落に別れて争いがあった名残みたいだが、それでも昔に比べれば村や町の数も減っていた。

 それでも帝国に攻められた時に、その全てをカバーすることが出来なかったそうだ。


「戦争を経験した人が、殆ど生きてなかったってのもあるんだよね。所謂平和の時が長過ぎたんだよ」


 ルリカが悲しそうに呟いた。

 その言葉に、クリスとセラも沈痛な面持ちを向ける。

 話や記憶だけでは、その時の恐怖は風化するだろうしな。

 俺たちだって、記録媒体で放送されてその恐ろしさを目にしても、やっぱり何処か他人事のような感じでその映像を眺めていたりする。

 怖い、悲しい、怒り。様々な感情を抱いても、ただそれだけだった。


「なら移動優先で進む感じでいいかな?」

「一応奴隷商館の確認はしたいから、その時間だけとりたいかな」

「なら問題ないだろ。町で休めるなら、泊った方がいいだろうしな」

「うん、屋台巡りも大事」


 なるほど。それもあったか。

 ヒカリを見れば、得意げに頷いていたから頭を撫でてやった。

 それを見た三人の目が少し生暖かったのは、きっと気のせいに違いない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る