第281話 奴隷解放と錯乱

「それでは契約に基づき、奴隷の解放を行います。問題ありませんね?」


 その言葉に頷く。

 ミアの契約は借金奴隷だった。それも結構厳しい内容で契約が執行されたと思う。

 最初奴隷商館の主は驚いたが、契約主である俺が問題ないということ、また新たな身分証として他国とはいえ貴族がわざわざ用意したのを知ると解放の手続きをしてくれた。


「大丈夫か?」

「うん」


 ミアに尋ねると、嬉しさよりも名残惜しさが強いように見えた。


「それじゃヒカリも手続きを済ませようか」


 ミアだけでなくヒカリの身分証もある。

 なら特殊奴隷の契約も必要ない。

 元々は町の出入りに都合が良いということで、年齢の関係でギルド登録出来なかったため結んだものだしな。

 そう言った瞬間、


「嫌!」


 と拒絶された。

 それには俺だけじゃなくミアも驚いた。

 滅多なことで大声を上げないヒカリのその反応に。


「別に解放されたからって、今までの関係が壊れるなんてことはないんだぞ?」

「……それでも嫌……」


 言い聞かせたが嫌々と首を振る。

 最後には俺の方に抱きついたまま動かない。


「そんなに嫌か?」


 優しい声で尋ねたら、抱きついたまま頷かれた。

 心なしか体が震えているように感じる。

 俺が頭をなでなでしてやると、それが徐々に納まっていった。


「分かった。ヒカリが嫌ならしないよ」


 そう言うとミアがちょっと複雑な表情を浮かべたが、こればかりは仕方ない。

 甘いと言われるかもしれないが、それだけヒカリの態度に衝撃を覚えたというのもあった。

 奴隷商に一人分の料金を支払い、奴隷商館を後にした。

 しばらくの間、ギュッと抱き付いたままのヒカリが落ち着くまで公園のような場所で時間を潰した。

 他愛もない話をミアとしていたら、いつの間にかヒカリが寝てしまったため、今日は宿にそのまま戻った。


「えっと何かな?」


 ヒカリをベッドに寝かせると、ミアに尋ねた。


「いえ、ソラはヒカリちゃんに甘いなって思って」


 頬を膨らませて拗ねるミアに思わず苦笑する。

 ある意味そんな風な態度は、会った頃以来かもしれない。


「な、何がおかしいんですか⁉」

「いや、なんか良い意味で変わったな、と思ってさ」


 これが奴隷契約を解除したためか、それとも色々と言いたいことを言ったためすっきりしたからなのかは分からない。

 それでも良い方に変化しているなら問題ないだろう。


「とりあえず今日はこのまま過ごすしかないかな。今のヒカリを一人にするのも怖いから」


 それに旅用の料理を屋台で買うなら、ヒカリの意見を聞かないとだしな。

 急にやることがなくなったな。

 それとあんなことを言われたあとに、ヒカリがいるとはいえ、ミアと二人で向き合うというのもちょっと気まずいというか、何を話したらいいのか分からなくなる。

 今まではそんなことなかったのにな……。

 それはミアも同じみたいで、あたふたとしている。

 これじゃ駄目だな。

 このまま黙っていると変な空気になりそうだ。

 話題……話題……と考えて、何を話せばいいのか分からなくなった。

 これが冒険に関することだったら困らないのに、と思っていたら「グ~」という小さな音が静かな室内に響いた。

 俺? 違う。ミア? 見ると頬を赤らめているが顔を横に振っている。

 俺たち二人の視線が、もう一人の滞在者へと注がれる。

 するとむくりと起き上がったヒカリは、目を擦りながら口を開いた。


「主、お腹空いた」


 その一言で、妙な緊張感が霧散した。

 それはミアも同じだったようで、可笑しそうに声を上げて笑った。


「そうだな。宿で食べるか? それとも屋台に行くか?」

「ん、屋台に行く」


 アルテアじゃ屋台がなかったからな。

 部屋を出ると、ちょうどタリアとルイルイとヨルの三人と会った。


「師匠! お出かけですか?」

「ああ、お昼を食べに外に行こうと思ってな」

「なら私たちもついて行ってもいいですか? この町に来てから殆ど外に出てませんし」


 ミアを見ると問題ないと言われた。


「他の三人はどうする?」

「……お姉様たちはまだ休んだ方が良いと思いますので。二人だけだと心配なので、トリーシャが残ることになったんです」


 それなら仕方ないか。無理をさせるわけにもいかないし。

 特にケーシーはかなりの期間寝て過ごしてるから、取り戻すのも大変だと思う。

 ヒカリを先頭に屋台をはしごする。

 とりあえず気になるものを次々と買い漁る姿に、タリアたちからは呆れられたが、食べない分はアイテムボックスに入れて、旅の途中で食べる予定だ。

 三人の魚の丸焼きに驚く反応を見てミアが笑うと、「あっ」とルイルイが声を上げた。


「ルイルイどうしたの?」


 タリアの問い掛けに、ミアを指差したまま固まるルイルイ。

 一応人に向けて指差しちゃいけませんよ?

 と思っていたら、その指先を追っていたタリアとヨルも驚きの声を上げた。


「ど、どうしたんですか?」

「それはこっちの台詞です。首輪がなくなってたから」


 ルイルイの言葉に二人が頷く。

 それを聞きミアも何故驚かれたのか気付いたようだ。


「レイラさんから身分証をもらったみたいで、それで……」


 少し恥ずかしそうに言うのは、俺に言った言葉を思い出したから?


「けど……そうなるとヒカリちゃんは?」


 嬉しそうに料理を頬張るヒカリに視線が注がれる。

 うん、変わらず奴隷の証である首輪はあるな。


「本当はヒカリも契約解除する予定だったんだけどな。激しい抵抗にあって断念したんだ」


 それを言うと何故か納得したと頷かれた。


「ヒカリちゃん、師匠のこと大好きみたいですからね」


 と、ヨルから理由を説明されたが、ふと、本当にそうなのかな? と疑問が浮かんだが、それ以外に理由が思い浮かばない。

 ただ本当にそうだろうか? と否定する自分もいたのは確かだった。

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