第275話 謁見・2
「うむ、そう慌てなくてもよい。お嬢さん」
その言葉に我に返ったルリカは、一礼して元の位置に戻った。
「ただそこは危険な場所でのう。またそこに行っても確実におるとも限らないのじゃよ」
「……それでも、可能性があるなら教えてください」
「うむ、そこは国とは認定されておらぬ地でのう……黒い森の最奥にあるとされておる」
「黒い森?」
アルザハークの言葉に、俺は魔王のことを思い出した。
魔王に魔人。人が住んでいる以上、町があっても不思議ではないのかもと思った。
ただそこに別の種族の者がいるというのが、今一つ現実味がなかった。
イグニスは確かに人に対してあまり執着してなかったが、聖王国で会ったアドは人を人とも思っていないようなやつだった。
そんな者たちの近くに別種族の者が住まう町がある?
「不思議に思うかもしれないがのう。そこは人の世界から逃げ出した者……あるいは迫害を受けた者たちが集う場所でのう。何処の世界でも変わり者はおるようでのう、そんな者たちを保護しておる者がいるのじゃよ」
エルフは迫害の対象にはなっていないが一部の者に狙われているみたいだ。
なら可能性としてはあるのか?
「何でそんなことを知ってるんですか?」
一番の問題はむしろそっちかもしれない。
俺は何故知っているのかを尋ねてみた。
「……もう何百年も昔になるのかのう。一度だけ訪れたことがあるのじゃよ」
そう言った時のアルザハークの表情は、懐かしそうであり、また寂しそうでもあった。
「そこには人も、獣人も、エルフも、竜人も、魔人も、皆が手を取り合って身を寄せておった。決して豊かな地ではなかったが、ワシが見たどの国よりも穏やかな町であったのう」
「……そこにはどうやっていけますか?」
クリスも興味をひかれたのか、少し前かがみになって聞いている。
「……危険じゃがいくのか?」
「そこに可能性があるなら行ってみたいです」
「エルド共和国と帝国の国境から北上すると町があってのう。そこを街道から外れて真っ直ぐ北に進むと黒い森に入るのじゃ。あとは……道しるべとなる魔道具を持っていれば、そこに到着することが出来るのじゃよ」
それは魔道具がないと到着出来ないということか?
「……魔道具がなくても探すことは出来るがのう。今回の討伐の褒美として、お主たちに譲ろう」
「いいのですか?」
「わしには必要のないものじゃからのう。そもそも行くだけなら、空を飛んでいけば良いだけじゃからのう」
「あ、ありがとうございます」
クリスは深々と頭を下げて礼を言っている。
「……あとはそうじゃのう……」
そこまで言って、突然アルザハークはドラゴンの姿に戻った。
そして口を噛みしめたのか、ガリという音が鳴ったと思ったら、その口から一本の牙がポロリと落ちた。
それが終わるとアルザハークは人の姿に戻ると、それを拾って渡してきた。
「神をも殺すと言われる竜神の牙じゃ……この世界の……否、お主たちの旅に役立つこともあるじゃろう。是非有効活用しておくれ」
その行動と言葉にユイニとアルフリーデが物凄く驚いていた。
俺も正直渡されても困ると思ったが、これで武器を造るのもありかと思った。
最も大きさから短めの剣か槍の穂先ぐらいにしか使えそうになさそうだが。
神も殺すと言うなら、その攻撃力は凄いことになりそうだ。これなら強い魔物と戦う時も、かなり有利に戦闘を行うことが出来そうだ。
「有効活用させてもらいます」
「うむ、では魔道具はあとでユイニから受け取るがよい。あとはそうじゃのう、船が発つまで数日あるじゃろうし、子供たちと遊んでくれると嬉しいのう」
それだけ言い残して、アルフリーデを伴い謁見の間を去って行ってしまった。
本当なら俺たちが出て行く流れだと思うのだが……。
「何かバタバタしていてすみません。それでは部屋を用意するので、そうですね……私はまだ少し仕事が残っていますので、サーク君とサハナちゃんの相手をしてもらってもいいですか?」
その後サークは剣術の稽古を、サハナは料理を習いたいということで二手に別れることになった。
前衛組と魔法組に別れたわけだが。俺? もちろん料理組ですが?
稽古は一応親衛隊の一部も参加するということなので、そう熱くなることはないだろう。
料理の方は城に努める何人かの料理人も参加する形になり、主に俺の、というか元の世界の料理の作り方を教えることになった。
特にユイニが興味津々だったようで、そのことを聞いた料理人がかなり気合を入れて聞いてきた。
サハナはお姫様ということであまり料理をしたことがなかったようで、悪戦苦闘していた。
料理を始めた頃のミアの姿に重なるな。
だからだろうか、ミアが丁寧に教えていた。
その様子をはらはらしながら見る料理人の姿があったが、ここはミアに任せても大丈夫だと思う。
やがてその日は夜に食べる料理も一緒に作ることになって、ユイニからは凄く感動された。
その食べる姿は、いつものしっかりしたお姉さんの雰囲気が消えて、何処となく美味しいものを食べるヒカリと通じるものがあるような気がした。
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