第273話 石化治療薬
「う~、そんなことが……起こしてくれれば良かったのに……」
昨夜あったことを聞くと、クリスが珍しく口を尖らせて言ってきた。
「起こそうとしたよ? そしたら……」
ルリカがごにょごにょと何事か耳打ちすると、クリスは顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「それで戻るの?」
「……その前にここで治療薬を作っておきたいんだ」
最悪ここで失敗したら、月桂樹の補充が出来るという下心があった。
ただその場合、どうカウントされるのだろうという疑問はある。
ただこの階から出なければ大丈夫だという思いはある。実際俺とヒカリは、ここで一〇個以上手に持っている。
それにそれが駄目なら、ユイニが一人一〇個までしか採れないと説明したはずだ。
とりあえず見張りを皆に頼んで昨夜色々とイメージしたことをまとめる。
既にコカトリスの素材は、魔石しか残っていない。
月桂樹の実が必要とあったから、フルポーションと月桂樹の実を創造で合成すればいいのか、それともコカトリスの魔石も入れた方がいいか?
確実を期すならやはり魔石も入れた方が効果は高いはずだと思う。下手に素材が足りなくて魔力を大量に消費するのは避けたい。失敗にも繋がるかもしれないし。
昨夜のうちにやっておけば良かったが、昨夜はクリスが倒れたりと色々あって出来なかった。
……ただのいい訳だな。
俺は材料を用意して精神を統一する。
魔力だけでなく心も落ち着かせないとな。
ダンジョン内で創造を使い倒れたのがちょっとトラウマになってるが、あれは特殊な環境だったからだ。
それに今回はMP消費軽減もあるから大丈夫だろう。
あとは石化治療薬に使う月桂樹の量だが……実そのものは大きくないが、まるまる使う必要はないだろう。
そんな使い方をしていたら数が幾つあっても足りなくなる。
……一応錬金術などのレシピ一覧で調べられるか確認して……なるほど、分かった。月桂樹の実を使った薬品も、一つの実から複数作られている。
ただ一つの実から多く作ると、その分薄まって効果が落ちるみたいだ。ポーションで言うところの品質が低になるんだろうな。
そして創造を発動する。
イメージが出来ていたからなのか? それとも慣れてきたからなのか?
スキルを発動してどのタイミングで魔力を籠めるかが初めてなのに感覚的に分かる。
ポーションと液体に変換した実を混ぜ、そこに魔石を追加して合成……最後に魔力を籠めて完了だ。
ステータスパネルを見るとやはり大幅にMPが減っている。
初めて作る時はいつもこうだが、今回はMP消費軽減のお陰で半分以上残っている。
「主、出来たの?」
「ああ、たぶん大丈夫だと思う」
【ソラの石化治療薬】効果。石化を治すことが出来る。品質・良。
鑑定してみると、前作った時にあった未完成品の文字がなくなっている。
……アイテム名は気にしないことにしよう。
アイテムボックスに保管しておけば液体に変換した月桂樹の品質が劣化することはないが、折角だから全部治療薬にしてしまった。
最終的に出来たのは最初に作ったのも合わせて六本か。
その後食事を終えて移動を開始することにした。
「それでどっちに行くのさ?」
セラのその一言に首を傾げた。
「ああ、元の道に引き返すか、八階への階段を目指すかという意味さ」
そう言われて思い出す。
確かにここからだと、七階に戻るよりも八階を目指した方が近い。
しかも森が開けているから進みやすいと思う。
「このまま八階を目指して、そこから戻ってみるか」
もうこのダンジョンを利用することはないと思うが、せっかくだし先を目指すのは悪くないと思う。
それに早く戻れるなら、それに越したことはない。
何より進行方向に、魔物がいなかったのもそう決断した要因の一つだ。
「主、今度はいつミノタウロスのステーキ食べる?」
ヒカリはかなり気に入ったようだ。
確かに魔物の肉は、強いやつほど美味しい傾向がある。
中には毒を持つものもいるが、鑑定した限りその心配はない。
ちなみに毒をもっていても、強い魔物の肉は美味しいらしい。
何故そんなことを知っているかというと、食に貪欲な者はいつの時代もいるようで、そんな記録が残っていたみたいで聞いたことがある。
一応その毒素を抜くことが出来れば美味しく食べられるそうだが、その方法は謎のままらしい。
俺の場合は状態異常耐性があるから大丈夫だと思うが……。
「いつになるかな? ただ他の料理に使っても良さそうだしな」
「ならシチューがいい!」
なんて平和な話をしながら歩いた。
もちろん警戒は怠らないが、それでも結局魔物に襲われることはなかった。
そもそもMAPを確認していたが、魔物が近付いてくることすらなかったからな。
そうして八階への階段のあるところまで来たが、そこには予想外のものがあった。
ちなみに何故そこが門かと思ったかと言うと、その前に道が出来ていたからだ。
その道を反対方向に進めば、そこには六階に戻るための階段がある。
「門?」
ルリカが疑問の声を上げたのは仕方ないと思う。
俺もそう思った。
それは壁にはめ込まれていて、意匠が施されていた。
周囲の壁と比べてもそれだけ色が違う。
「階段はここじゃないのかな?」
「けど位置的にはここで合ってるはずだ」
ルリカの言葉を否定するように答える。
MAPがあるから方角を間違えることもないから、ここで合っている。
あとは門と迷ったのは、目の前のそれにつなぎ目のようなものがなかったからだ。どの角度から見ても、それこそ一枚の板にしか見えない。
「動かないさ」
セラが板を押したがビクともしない。ただの壁で、行き止まりか? 八階なんて最初からなかった?
引くにしても掴めるようなところもないしな。
ルリカも続くがやはり動かない。
「仕方ない。引き返すか?」
俺のその言葉は、低い唸り声のような音で搔き消された。
見れば目の前の壁がゆっくりと半分に割れていく。
そして壁の前には、唖然と立ち尽くすミアがいた。
「え、と。何かしたのか?」
「触ったらその……突然……」
どうやら一番驚いているのはミアだったようだ。
「とりあえず進もうか?」
壁の消えた先にあるのは階段。特に怪しいところも見えず、一段一段降りて行けば、階と階にある登録用の柱が建っていた。
俺たちはそこで登録を済ませると、当初の予定通り戻ることにした。
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