第272話 月桂樹の実

 クリスの容態は、魔力を急激に失ったことが原因だったようだ。

 それは自分の想像以上の消費だったみたいで、マナポーションを用意していたのに、魔法を放ったあとに意識が混濁して飲むことが出来なかったそうだ。

 その時倒れ方が悪く傷を負ってしまったようだが、それはミアがヒールを使って既に治していた。


「ごめんなさい」


 そして目覚めたクリスから最初に言われたのはその一言だった。

 何故かと思ったら、ミノタウロスを派手に殺したことによって魔石も駄目にしてしまったかららしい。

 別にそんなことは気にしてないのに。

 むしろクリスが早々に倒してくれたお陰で、こちらに被害らしい被害を出さずにミノタウロスを討伐出来たわけだし。

 そのことを伝えたら、クリスは安心したようにまた目を閉じて寝てしまった。

 魔力はマナポーションを飲んで回復したようだが、思っていた以上に負担があったようだ。

 しばらく休ませてやろう。

 その間俺たちにもやることがあるわけだし。



「これが月桂樹の木、ね……」


 ルリカの言葉に見上げれば、これといった特徴のない普通の木だ。

 ただ実の形が独特で、三日月の形をしている。


「どれが取れ頃なんだろうな」


 鑑定を使えば分かるかな? と思い鑑定したら弾かれた。


「えっ!」


 思わず驚きの声を上げてしまった。

 その声に他の面々がこちらを向くが、どう答えたら良いのか考える。

 月桂樹の木に関しては普通に鑑定出来るのに、実の方は鑑定出来ない。


「どうしたのさ?」


 セラが聞いてきたら素直に話すことにした。

 全部三日月の形をしているし、どれも一緒なのかな?

 そう思っていたら、思わぬところから欲しい答えを聞いた。


「月桂樹の実は、魔力が多いものが熟成していて薬の材料に使われるみたいですよ」

「……何で知ってるんだ?」

「えっと、昨夜ユイニ様と会った時に、教えてもらったの」


 ミアの言葉に魔力察知を使えば、確かに実一つ一つの魔力量の違いが分かる。

 けど他の人はどうやって区別してるんだ? 俺は幸いスキルで分かったが、もしかして専用の魔道具があったり?


「あ、あと一人一〇個までと言われました」


 ? 理由を聞いたら、一人が一度に持って帰れる量が一〇個までとのことだ。

 スーパーの特売じゃあるまいしと思ったら、乱獲防止のためにそのようなルールが課せられているらしい。詳しく聞けば、一〇個以上持ってダンジョンを出ようとすると、月桂樹の木が枯れてしばらく実を為さなくなるとのことだ。

 それが本当かどうかは分からないが、確かめる訳にもいけない。

 もし本当にそんなことになったら、責任どころの問題じゃない。

 アイテムボックスの扱いはどうなるのかと気になったが、それも考えても仕方ないと思い考えるのをやめた。


「とりあえず一人一〇個ずつ持って帰ればいいかな?」

「はい、ユイニ様も出来れば持って帰って欲しいと言ってましたから」


 なら月桂樹の実を収穫するとして、木の上に登らないと駄目か。低いところでも三メートルはあるし。

 一人でやるには結構骨だな。と、ある物を思い出した。

 魔力視眼鏡。これがあれば見えるはず!

 試しに掛けてみたらはっきり見える。


「ヒカリ頼めるか?」


 魔力視眼鏡とアイテム袋を渡す。

 とりあえず出る時に一〇個ずつだから、二人で人数分採るとしよう。

 採る時は一人で多く採ってもいいみたいだし。

 しかしこれ、普通の人たちはどうやって採ってるんだ?

 やっぱ木登り?

 ルリカとセラには周囲の警戒を頼んだ。

 ミノタウロスがまた湧くのか、それともミノタウロスの死を感じ取った別の魔物がこの近くに来るのか。どんなことが起こっても不思議じゃないのがダンジョンだ。

 ヒカリは順調に採っているな。俺も先ほど魔力視眼鏡で見た時に覚えた魔力の強さと同じもの探して採っていく。

 魔力の多い実は、魔力に包まれているように発光して見えた。

 手分けして採ったが、結局ヒカリは俺の二倍速く集めていた。

 うん、あれは忍者だ。

 身体能力は向上しているが、さすがに枝の上を移動するには気を遣う。月桂樹の木の枝は幅広で五〇センチぐらいあるが、高さも相まって進むのに緊張した。

 不安定な足場で普通に移動出来るヒカリが凄すぎるんだと思うことにした。


「主、終わった!」


 ということで採取終了。


「クリスが目を覚ますのを待つとしても、移動しておくか?」


 実の回収が思いのほか時間が掛かったから、空が暗くなり始めている。


「一応他の魔物の気配はないんだけどね……」


 ルリカはクリスの様子を見ながら悩んでいる。

 可能なら休ませてあげたいと思っているのだろう。

 その時、完全に日の光が消えて夜になった。

 周囲は暗闇に包まれ、すぐに不思議なことが起こった。

 月桂樹の木の根元に光が集まり、それが木の幹に吸い上げられるように幹から枝、枝から葉へと広がっていく。

 やがて月桂樹の木が光に包まれると、先ほどまであった月桂樹の実の辺りに、花を咲かせ実を実らせた。

 そのまま淡い光を発した月桂樹の木は、闇夜を照らす優しい光を発している。


「この光……聖なる力を感じます」


 ミアが驚き呟いた。

 聖なる力? どういうことだろう。


「ん、魔物が逃げていく?」


 ヒカリの言葉にMAPを表示させる。いない。魔力を流して拡大する。

 するとMAPの隅の方にある魔物の反応が、MAPの中から消えた。

 俺は輝く月桂樹の木を見上げミアの言葉を思い出す。

 ただ一つだけ分からないことがある。

 二回ほど偵察で夜に月桂樹の木の周囲を見に来たことがあった。

 その時はこのような反応は一度もなかった。

 あの二回と違うことは、ここにミノタウロスがいなくなったことと、


「月桂樹の実を採ったから?」


 可能性としては後者かな?

 ただ今は、この素晴らしい光景を目に焼き付けるように、心を無にして眺めるのも悪くないと思った。

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