第269話 アルテアダンジョン・8

 避けて進んでいたはずなのに、魔物がこちらに向かって来ている。

 なかなか思うようにいかないようだ。

 大きな音が森の中に響き、ミアがビクリと肩を震わせた。


「こっちに向かって来てるね」


 ルリカの言葉に皆周囲を見回す。

 剣を振るえるスペースがあるかどうかを。

 魔法で攻撃するにも、木が邪魔になっている。

 かなり強烈な魔法なら木も吹き飛ばせるかもしれないが、木が邪魔で魔物にはダメージを入れることが出来ないかもしれない。

 魔物も同条件では? と思うが、相手は森を破壊しながら来ているようだ。

 魔物によって俺たちが戦える場を整えるまでは、一方的に攻撃されるだけになる可能性もある。


「ブラッドベアーのようさ」


 セラの言葉にホッと息を吐く。

 大丈夫だとは思っていたが、これがミノタウロスだったら最悪だった。


「スペースを探しつつミノタウロスの領域を目指すか?」

「……迎撃した方が良いさ。なんかかなり興奮してるようだし、近くに強い魔物がいても構わず向かってくるかもさ」


 確かに森を破壊しながら進行なんて、普段なら考えられないか。

 何があったか分からないが、タイミングが悪いな。


「……ソラ。ボクとクリスで少しスペースを作るから、時間を稼いでもらっていいかい?」


 木を伐採するつもりか?

 確かに移動しながら探しているが、ちょうど良さそうなところがない。


「分かった。ヒカリとルリカは離れて援護してくれ。囮は俺がやるから」


 最悪木が飛んできて避けられなくても、結界術で弾くことが出来る俺が適任だ。

 代わりに小回りが効くヒカリとルリカには、飛び道具を使って援護してもらった方が長所を生かせるだろう。


ってもいい?」

「倒せるならいいぞ。ただ深追いはする必要はないからな。あとはセラたちの向かった方向から逸れるようなら無理に戦うこともない」


 ヒカリの言葉に苦笑した。

 まさかこの環境で逆に倒そうと思うとは。

 確かに戦い難いが、倒せるなら倒してもいいだろう。

 ヒカリとルリカも離れていく。あ、ヒカリは木の上に上って移動を始めた。身軽過ぎだろう。

 俺はMAPでセラたちの方向を確認し、移動を開始する。

 ブラッドベアーの進行方向を確認しながら、セラたちのいる方向に移動する。

 すると磁石で引き寄せられるようにブラッドベアーの進行方向が変わる。

 一番近い気配が俺だからか?

 セラたちが立ち止まっている。環境を整えているのかな?

 なら俺は少し時間稼ぎをする必要がある。あまり離れすぎるとセラたちの方に行ってしまうかもだから注意が必要だな。

 俺はゆっくり動きながら誘導して、セラたちから引き離し時間を稼ぐ。

 といっても相手は最短距離を木なんか関係ないといった感じで突撃してくるからあまり効果がないかもしれない。

 木の折れる音が鳴り響き、土煙? も上がっている。

 そしていよいよその姿を目にして驚いた。

 魔物は二体いたが、そのうちの一体。先頭を歩くブラッドベアーは正面から見ると多くの血を流しているのが見えた。

 戦闘で傷を負った? それとも無理な進軍で負傷した?

 理由は分からないが、一つ分かることは戦意が高いということ。

 俺に気付けば、唸り声を上げてさらに速度を上げてきた。

 進行を妨げる木など関係ないとばかりに、体当たりをして木をなぎ倒しながら進んでくる。

 下手したら他の魔物を呼び寄せ兼ねないと思ったが、どうしようもない。

 俺は魔法を放ちながら後退する。土礫が被弾するが効果はないようだ。

 並列思考で足場を確認出来なければ足を引っ掛けていたな。

 その時ブラッドベアーの起こす音とは別の、低音が聞こえた。合図だ。

 俺は反転して足を速める。

 轟音が響くが後ろを振り返らない。

 そして見えてきたのは、ぽっかりと空いた空間。その中央にはセラが、クリスとミアはその奥、空間の際に立っている。


「良くこんな広場作ったな」

「殆どクリスのお陰さ」


 確かに倒れた木が邪魔にならないように、広場の隅に転がっている。

 ただ広場と言っても、木の株がそこかしこにあるから注意は必要だ。


「ルリカたちも付いて来てるさ」

「ああ、背後からバッサリ倒してもらうか」


 ブラッドベアーは二体。こちらも二人。なら一体ずつ受け持てばいいだろう。

 セラが右側の、俺が左側のブラッドベアーにそれぞれ攻撃して注意を惹けば、こちらの狙い通りに別れて襲ってきた。

 振り下ろされた腕を躱して、ミスリルの剣を振り下ろす。

 硬い毛皮も魔力を流したミスリルの剣を受け止めることはできないようだ。

 腕を切り裂かれたブラッドベアーは悲鳴を上げたが、それでも怯むことなく挑んでくる。

 痛みがないのか? 悲鳴を上げたし、そんなことはないか。

 ならなんだ?

 無事な腕で攻撃を仕掛けてきたからそれを受け流し、反撃をしようとしたらヒカリが空から飛んできた。

 そんな表現が合いそうな見事な飛翔で、振り下ろした短剣で背後から首の後ろ側を一突き。

 魔力の通った短剣は切れ味抜群で、さらには勢いと体重が掛かった一撃は、ブラッドベアーの命を一瞬のもと消し去った。

 俺たちの戦闘はヒカリの活躍で呆気なく終わり、セラたちの援護に回ろうとしたが、目で制された。

 どうやらセラとルリカ二人で倒すつもりのようだ。

 もっとも五分後には、もう一体いたブラッドベアーも、倒れ伏して動かなくなっていた。

 

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