第255話 アルテア・3
「主、それじゃ行って来る」
片手にお弁当を、もう片方の手でミアの手を握ったヒカリが、冒険者ギルドの中に入って行く。
ルリカとセラもそれに続けば、残されたのはクリス一人になる。
「クリスは俺に付いて来て良かったのか? はっきり言って俺のは趣味みたいなものだぞ?」
「ソラが歩き好き……なのは知っていますから。それに私も少しこの街並みに興味がありますから」
それなら問題ないか。並んで歩きながら、他愛もない話をする。
もちろん会話をしながらも、街の様子を色々見ることも忘れない。
港からお城へと続く区画にはギルドや商業施設が立ち並び、そこが途切れた先が人の住む住居になっているようだ。
また城へ行くために通る正門とは別に、城壁のような壁が立ち並び城の姿が見えない。
エレージア王国の王城のある区域を囲むような感じに似ているが、注意してみると少し違和感を感じる。
城壁の上にはバリスタのような遠距離用の兵器が設置されていて、その矛先が内側に向けられている。
たまたまかと思ったが、いくつか設置されているもの全てが同じ方向を向いている。
それに城壁の作りも少し変だ。こちら側から城壁の上に登れる階段がある。まるでそれだと、内側にある何かから街を守るために城壁があるようにも見える。
「なんか変な感じですね」
クリスもそれに気付いたのか、首を傾げている。
それからも階段の上り下りで街中を歩き回ったが、会う住人の殆どが年配の人か子供だった。
若者の、ちょうど俺と同じような年代から上の世代の姿が見えない。
「皆何処かに働きに行ってるのかな?」
「そうだと思いますけど……」
クリスが口ごもるのは仕方がない。
時間を掛けてぐるりと街を回ってきたが、働いているような人が誰一人といない。
それこそ農業で食べ物を生産するようなスペースなんて何一つなかった。
途中で広場のようなところがあったからそこでお弁当を食べたが、時々聞こえてくるのは子供たちの声だけで、他は静まり返っていた。
「一度ギルドに戻って合流してみるか?」
「そうですね。もう鍛練は終わってるかもですが」
「けどヒカリがなんかやる気だったからな。まだ続いていると思うぞ」
その言葉にクリスも確かにと頷いていた。
冒険者ギルドを訪れると、受付の男性が青い顔をして詰め寄って来た。
「こ、こちらへ……」
と連れて行かれたのはギルドの鍛練所。そこにはヒカリたち四人と……見知らぬ子供が二人いた。
男の子と女の子で、うち男の子はヒカリに詰め寄っている。
険悪な雰囲気ではなさそうだが、何があったんだろうか?
とりあえず話を聞こうと思いルリカたちの方に歩いていったら、その前にヒカリが俺に気付いて駆け寄ってきて抱き付いてきた。
「主、助けて」
珍しく困った様子を見せるヒカリに声を掛けようとして、ふと気付いた。
物凄く男の子に睨まれている。
「貴様、何者だ!」
その男の子がやがて大声を上げた。
瞬間隣の女の子に叩かれている。
「なんかこの街の子みたいで、何処かで話を聞いたみたいで話し掛けて来たんだけどね。色々あってヒカリちゃんと模擬戦したんだけど、コテンパンにやられてから何かヒカリちゃんのことを気に入ったみたいで……」
ルリカがやってきて簡単に説明してくれたが、そうなるとヒカリに懐かれている俺を見て嫉妬しているということか?
「たぶん、そうだと思いますよ」
俺の呟き声にクリスが同意している。
「え~と、ヒカリは俺の仲間だが、えっと……」
「貴様がヒカリの主か! ヒカリを奴隷にするなんて成敗してやる!」
話が通じないようだ。物凄く興奮しているし。
「勝負だ!」
と、模擬戦用の木剣を激しく振っている。
「主、コテンパンにして」
なんかヒカリが物凄く迷惑そうな顔をしている。ある意味珍しいことかもしれない。
「え~と、お兄様がすいません。私は一応双子の妹のサハナと申します。出来ればコテンパンに、いえ、ボロ雑巾のようにして頂ければと思います」
傍らにいた女の子がこちらにやってきて、自己紹介を済ませると物凄いことを言い出した。
「私も迷惑してますので」
顔に出ていたのか、凄く良い笑顔で言われた。一瞬こめかみに青筋が浮かんでいるのを見た気がしたが、目を擦ったら何もなかった。ただの見間違いか。
そして木剣を無理やり握らされて、男の子の前に立たされた。
正直木剣を手渡されても困惑しかない。
ヒカリと同じぐらいの年齢の子と戦うにしても、どう対処すればいいのか困惑する。本気でやるわけにもいかないし。
振り返れば、ヒカリは拳を握りしめて頷いている。
サハナという少女もグッとこぶしを作っている。
「良く来たな悪人。我が名はサーク! さぁ勝負だ!」
戦いからは逃れられないらしい。
とはいえ子供相手だ。しかも知らない子。下手に怪我をさせる訳にもいかないから、考えて戦う必要がある。上手いこと武器を弾くことが出来ればいいが……。
「よし、いくぞ!」
考えがまとまらないまま戦いが始まった。
不意の掛け声から唐突に戦闘がはじまり、慌てて構えた木剣に重い衝撃を受けた。
ある程度離れていたにもかかわらず、間合いが一気に詰められた。
そのスピードは普通の子供のものじゃない。ヒカリほどとはいかないが、ただの子供が出せるものじゃない。
それに斬撃。お世辞にも太刀筋が良いとは思えないが、一撃一撃が荒々しくて重い。
「やるな! だが!」
大きく息を吸い込むと、上段に構えたまま突撃してきた。
俺は一瞬スキルを使って対処しようとしたが、それは違うと思い直し、振り下ろされたと同時に間合いから飛び退いた。
勢いののった一撃は空を切り、激しく地面に打ちつけられた。
俺は着地と同時に間合いを詰めて、サークが木剣を引き戻す前に木剣を打ちつけて武器を弾くことに成功した。
『勝負あり(です)!』
と、同時に二人の声が鍛練所に響いた。
サークを見ると、悔しそうにこちらを睨んできたが、どうも手が痺れているのか痛みを堪えているようにも見える。
確かに簡単に武器を弾けたなとは思ったが、どうやら地面を打ちつけた反動をもろに受けていたようだ。
「さすが主」
ヒカリが嬉しそうに抱き着いてきて、それを見たサークが泣き出した。
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