第247話 正座

「戻ったよ」


 宿に戻る頃には日が既に落ちていた。

 夜になっていても町の中に入れたのは、そこは同行していたのが騎士団だったからだろう。

 遅い夕食を二人で食べたあと、報告をするために部屋に足を運んだ。

 事件はその時起きた。


「セラ姉お風呂行こう」

「何だか上機嫌だね」

「うん、大人になった」


 突き刺すような視線が向けられた。その鋭さは、人を殺せるんじゃないかと思うほどだった。まぁ、実際は死んでないけど。

 セラは一度こちらを見たが、「がんばるさ~」と口パクを残してヒカリと共に消えて行った。え、それだけ?

 そして残された俺は現在正座中。この世界にも正座という文化があるんだと思ったら、以前ヒカリに話したのを聞いたから知っているとのことだ。納得。


「そ、それでどういうことか説明をしてもらいます」


 妙なテンションのクリスに笑いそうになるが、ここで笑ったら惨事が起こる。


「そうです。どういうことですか」


 ミアがグッと顔を近付けて前のめりに聞いてきたが、それをルリカが留めている。

 長引けば傷は深くなりそうなので正直に話す。悪いことはしてないし。

 説明を聞き終えた二人からは険がすっかりとれていた。


「そ、そうなことが……。ヒカリちゃん大丈夫でしょうか?」

「無理してないといいけど。ですがキスですか……」


 クリスは不安そうに、ミアは顔を真っ赤にしている。


「事情は分かりましたが、ですがあまり不用意にそういうことをするのは良くありません。注意して下さいね」

「そ、それは分かってる。他に手段がなかったから、今回は仕方なくだよ。人命が掛かってなければ、そんなことはしないさ」


 クリスの言葉に深く頷く。俺だってそこに助ける手段を持つ他の人がいたらその人に任せる。条件はあるだろうけど。


「あとさ、俺の神聖魔法の威力は弱いと思うから。一応ミアの方で看てもらってもいいか?」


 神聖魔法なんて元々あまり使ってなかったからレベルも低い。

 負傷したらポーションを使うことが多い。


「もちろんです。任せて下さい」


 やっと解放された。足は……痺れていないな。床に直だったのに、この体も頑丈になったものだ。


「それで今後の予定だけど、どうなってるの?」


 ルリカの問いに、明日には連絡がくることを伝える。一応活躍もしたし、約束を反故されることはないだろう。

 神経質なサッドの顔を思い出すと、ちょっと不安になってくるけど。


「とりあえず明日なんだけど、奴隷商に行きたいとおも……」


 そこまで言って、再び剣吞な雰囲気になったのを感じて言葉を呑み込んだ。


「それは、どういうことですか?」

「また新しい奴隷を買うんですか? 私じゃ不満ですか⁉ 私だったら何されても……」

「私もそれについては詳しく聞きたいかな?」


 変なことを言ったか? 言ったか?


「えっと、別に奴隷を買いに行くわけじゃないぞ」

「なら何しに?」


 ルリカさん、ちょっと目が怖いですよ。


「セラを解放したいと思ってさ。お金が貯まったようだけど、マジョリカを発つ時はちょっとバタバタして出来なかっただろ? だから明日時間があるようなら行ってみようかと思ったんだが」


 あ、その表情を見ると、どうやらルリカたちも忘れていたようだ。人のこと言えないけど。


「そ、そうね。なら明日行きましょうか」

「ああ、本当はヒカリとミアもどうにかしたんだけどな」


 ミアは否定するだろうけど、やっぱり奴隷の首輪は目立つ。事情を知らない赤の他人の中には、蔑むような視線を向けて来る者だっている。

 そんなものに曝されるなんてやっぱ良い気分はしないだろう。

 ただ実際問題、旅をする上では身分証としての役割を果たしているから役には立っている。既に死んだことになっているし、ギルドで登録しても大丈夫だったりするのか?


「身分ってさ。お金で買えたりするのかな……」


 その問いへの答えはなかった。

 やがてセラたちが戻って来ると、交代で三人がお風呂に向かった。

 いつもなら近付いてくるヒカリは、セラの隣で行儀よく座っている。

 とりあえずセラに奴隷解放の話をしたら、首輪に手を添えてそれを撫でていた。


「セラ姉、良かった、ね?」


 ヒカリが首を傾げる。

 セラを改めて見ると、確かに嬉しいという感じよりも戸惑っているように見える。

 俺たちの視線に気付いたのか、セラは困ったように笑って言った。


「なんていうかさ。まさか生きて奴隷から解放されるとは思ってなくてさ」


 その複雑の表情の裏には、きっと俺にはうかがい知れない何かがあるのだろう。

 そしてそれを聞くことは、俺には出来なかった。


「何にせよ明日な。急に島に渡れるなんてことがなければ奴隷商に行くから、そのつもりでいてくれよ」


 その言葉に静かに頷いたセラを見て、俺もお風呂に入ることにした。

 ここマルテの宿は、比較的安い宿にもお風呂があるから嬉しい。

 何でも町の人たちが利用できる、銭湯のような施設もあると聞いたからな。

 大きなお風呂に使うのも魅力的だが、人が多いと落ち着かないからな。

 やっぱお風呂は静かに浸かるのが一番だよね。





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