第246話 討伐報告(サッド視点)
「以上が今回の討伐に起きた一部始終です」
リチャードからの報告に耳を傾けていた私は、静かに頷く。
黙っていると何かを言いたそうにしているのを感じたが、それを無視する。
「それであの男は役にたったか?」
「はい……少年、彼らがいなかったら全滅したのはこちらだったかもしれません」
「彼ら? ……分かった。ご苦労だったな。ゆっくり休むが良い」
視線でドアを示せば、一礼して出て行く。
学習能力のある者、理性ある者は助かる。それがないと、ここでさらに言葉を投げ掛けてくる。
リチャードが去った扉を少しだけ見ていたが、すぐに執事に指示を出す。
指示の内容は三日後。アルテア行への船の乗船許可だ。許可証も渡す様に伝えた。それと船の手配の連絡も頼む。
本来呼び出して渡すべきかもしれないが、それをするのが
正直、あの男に会うのに恐怖を感じた。
別にあの男のことが直接怖いわけではない、むしろちっぽけな存在だと思う。
恐ろしいのはあの男を取り巻く環境だ。
何者だと思った思考を打ち消す。関わるべきでないと本能が警告している。
私は執事を下がらせると、椅子に深く身を預けた。
思い出すのはそう、あの男とあった翌日のこと……。
「サッド様。お客様がお見えです」
「客だと? 今日は予定がなかったはずだ。私の仕事の邪魔をするのか?」
苛々する。昨日も余計なことで予定が崩れたと言うのに今日もだと?
怒りの感情のまま顔を上げて、サーッと血の気が引いた。
「こ、これはアルフリーデ様!」
目の前にいたのは竜王様の親衛隊長であるアルフリーデだった。
緑色の瞳に腰まで伸びる長い髪の毛。整った顔立ちは芸術品のようだと言われているが、その表情は作り物めいていて感情が読み取れない。一見すると二十代の若者に見えるが、実際は竜の血を引いているため長寿で、私の祖父の時代よりその容貌は変わっていないという話だ。もしかしたらそれ以上なのかもしれないが。
ギロリと、瞳が動いた。
それだけで緊張が走った。
「な、何の御用でしょうか?」
「王より命令を承りました。こちらを」
感情を感じさせない声に、言い知れぬ恐怖を感じる。
震える手で親書を受け取り、読み進める。
「理解しましたか?」
「は、はい」
「なら実行しなさい」
「し、しかしこれは……」
そこまで言って口を閉ざした。
その瞳には怒気が宿っていた。
あと一言踏み込んでいたら、間違いなく私の首は飛んでいたに違いない。
そこまで考えて冷静になった。
余所者をアルテアに連れて行くなど忸怩たる思いがある。あそこは竜王国の国民にとっては聖地であり、神聖な場所だ。
表立って言わないが、奴隷を向こうに送るのだって私は反対だ。だが竜王様が決めたことだから、仕方がないと諦めている。
そして私でさえ余程のことがない限り、アルテアには足を踏み入れることなど出来ない。
だがそれを、竜王様が許可を出している。条件付きではあるが。
なら私はそれに従い、遂行するのが仕事だ。
「失礼しました。すぐに手配させます」
「結構です。では帰り次第準備をしなさい」
その時は意味が分からなかったが、翌日聞いていた宿に使いを走らせたら既に依頼を受けて町を出たという。
なら待つしかないか。
その間にこちらも出来るだけ準備をする必要がある。
指示された依頼は盗賊の討伐。定期的に巡回もしているが、近頃騎士たちが出張るほどの盗賊の噂を聞いてはいない。
もちろん私のところまで報告がまだ来てないだけかもしれないが。
それにしてもその盗賊の討伐に、あの男を同行させる?
確か商人だという話だったし、足手まといではないか?
しかも討伐に行く騎士の人数まで指定されている。数だけじゃないな、誰を派遣するかまでも指示されていた。
竜王様のことだ。何かしら意味があると思うが……考えるだけ無駄か。
凡人には理解することなど出来ないのだから。
そこまで思い出して、ふとリチャードの言葉を再び思い出した。
あの男がいなかったら、騎士団は全滅していたと言っていた。
それはすなわちあの男は騎士団よりも腕が立つということだ。
それに気になるのはそれだけではない。
奴隷紋。聞いたことがある。まだ奴隷の首輪が出来る前の遥か昔に、奴隷を識別管理するために使われていたもの。
その技術は首輪による管理により徐々に廃れていったはずだ。
それなのに襲って来た盗賊全てにその奴隷紋があったという。
何処かの国から流れてきたのか? それとも……。
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
しかもその中心にいるのはあの男ときたものだ。
そこまで考えて、先ほど否定したのにもかかわらず男のことを考えている自分がいることに苦笑した。
「最早私の手から離れた案件だ。どんな思惑があろうが、私には関係のないことだ」
私の仕事はこのマルテの町を治めることだ。
あとはこの竜王国に災難が降りかかるのを防ぐこと。
噂では魔人の出現などきな臭い話を耳にする。万が一のことに備える必要がある。
が、アルフリーデの顔を思い出しそれも杞憂かもしれないと思った。
この国が他国に対して不干渉を貫いているのは、ある意味その強さ故だ。もちろん地形的な意味もあると思うが。
親衛隊が一〇人もいれば、町一つ落とすことなど訳がないと囁かれるほどだしな。
もっともそれが本当かどうかを確かめた者は、私の周りには誰一人いないが。
私は椅子に座り直すと、いつものように書類に目を通しながら、自分の仕事に取り掛かることにした。
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