第243話 盗賊討伐・8

「ソラ君。悪いが一人頼めるか?」


 リチャードの言葉に一瞬虚を突かれたが、すぐに何を言いたいか理解出来たから頷いた。

 リチャードたち古参の騎士の人数は六人。俺を入れて、七人。俺が一人を担当すれば一人がフリーになれるから、そのフリーになった騎士を中心に他の盗賊を素早く討伐しようというのが狙いだろう。


「分かった」

「頼んだぞ。ただ無理をする必要はない。時間稼ぎを頼む」


 リチャードを先頭に、古参の五人が狂化中の相手に攻撃を仕掛ける。

 俺も残った一人……リカルドの相手をする。

 斬り結べば重い斬撃を手に感じ、気を抜けば押し切られそうになる。

 ただ長期戦なら、体力なら負けない自信がある。

 なら冷静に攻撃を捌き、隙を付くのが一番。ただし守り一辺倒だと相手が調子付くかもしれないから、こちらかも攻撃を仕掛ける。狙いは武器破壊だが、勘が良いのか、こちらから攻撃を仕掛けた時は上手く躱してくる。

 荒々しさの中にも、確かな技術が見え隠れする。

 その動きに少し焦りを覚えるが、すぐに切り替える。

 相手を良く見て集中する。並列思考も合わせれば、十分対処出来る。

 ただ戦闘を続けていくと、徐々に違和感を覚えた。

 一撃一撃が重くなっているように感じる。逆に、今まできれいだった剣筋が乱れ、まるで知能の低い魔物のような単調な動きになってきたような気がする。

 何故だ? ふと気になって人物鑑定を、続いて鑑定を使用した。


【狂化Lv1】著しく身体能力を向上させる。ただし適応出来ないものは、徐々に狂気に飲まれる。


 原因はこれか。

 だからなのか、時間の経過と共にその機会は訪れた。

 大きく振りかぶった一撃を止める構えから、直前で剣を引いて躱した。

 リカルドの剣は地面に激突した。

 それに合わせるように剣を振り下ろそうとする。

 対応が早い! 剣が引かれる。

 ソードスラッシュを発動させてこちらの剣速を上げる。

 ギリギリのところで剣を打ちつけ破壊することに成功した。根元を狙ったが半ば辺りにぶつかり剣を切断した。

 そのまま柄を利用しての強撃。意識を刈り取ろうと懐に入って鳩尾を狙う。


「うわぁぁぁぁぁ」


 その時苦しみの声の混じった悲鳴が上がった。

 その声に、一瞬気を取られてつい見てしまった。並列思考で鑑定を使っていたのも悪かった。

 そこには斬り伏せられた騎士が一人いた。相手をしていたのは……狂化中の盗賊。

 殺気を感じて前を向いたら、リカルドが蹴りを放ってきていた。

 俺はそれを腕を交差して防いだ。

 が、体が宙に少し浮かんだ。地面との接触がなくなる。

 交差した腕の隙間から、歪んだ笑みを浮かべるリカルドの顔が映り、折れた剣を振り下ろすのが見えた。

 体が流れて剣で防ぐことが出来ない。

 ただ剣は短く切断している。急所に当らなければ、痛みに耐えて反撃が出来る。

 そこまで考えて、体が横に押された。

 体が流れてリカルドの攻撃の軌道から外れていく。

 そしてその振り下ろされる先には……ヒカリがいた。


「ヒカリ!」


 ヒカリの小さな体が吹き飛ばされた。

 俺は着地と同時にヒカリの元に駆け付け抱き起した。

 手にベットリと血が付いている。ぐったりとして、脱力している。

 俺は素早くポーションを取り出し飲まそうとしたが、それは苦しそうに咳き込み吐き出された。

 内臓を痛めている?

 見れば深い傷がある。剣が折れてなかったらと思うとゾッとした。


「ヒール!!」


 ポーションの代わりにヒカリに神聖魔法をかけたが、気のせいか効きが悪い。

 その時、視界の片隅にリカルドがこちらに近付いてくるのが見えた。

 その顔は嗜虐に満ちた……違うな。最早理性の飛んだような表情だった。

 それを見た瞬間、カッとなるのが自分でも分かった。

 腰を浮かせかけて、まるでそれを留めるように手が添えられた。

 見ればヒカリが薄っすらと目を開けてこちらを見ている。

 その瞳を見て熱を帯びていた頭が急速に冷えていくのが分かった。

 怒りに任せて殺しては駄目だ。

 自分の意志で、考えて、覚悟を持って相手を殺す。

 俺が安心させるように手を添えて撫でれば、ヒカリはゆっくりと目を閉じていく。

 ヒカリを静かに横に寝かせると、俺は改めて立ち上がり武器を構えた。

 周囲を見れば、至る所で劣勢が見て取れる。

 ヒカリに施した治療もあくまで応急的なものになっている。早急に詳しく看る必要がある。慌てていたが、ポーションを傷口にかければ良かったと今更ながらに思ったが、先にリカルドを無力化するのを優先する。

 一歩、二歩と近付いて行き、三歩目で一気に間合いを詰めるため駆けた。

 勢いのまま剣を振り下ろせば、折れた剣でそれを受け止めようとする。

 最早、それすら考えられないほどされているようだ。

 折れた剣先を素通りした俺の剣は、実にアッサリとリカルドの体を斬り裂いた。

 魔力を帯びていたからか、それともミスリルの剣だったからなのか、手には肉を斬る感触も骨を斬る感触も感じなかった。

 肩口から一帯を斬り落として血が噴き出たが、それでもリカルドは向かって来る。

 もう痛みすらもう感じていないのか?

 まるでゾンビのようだと思った。

 それならばと、確実に殺すため首を刎ねれば、一歩二歩と歩を進めた後、今度こそリカルドはその活動を停止させてゆっくりと大地に倒れていった。





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