第239話 盗賊討伐(リチャード視点)
「何だ嬢ちゃん、寝てなくていいのか?」
いつもなら馬車の中で寝ている時間なのに、一人で少女が、ヒカリが馬車から降りてきた。
そういえば、ソラと離れて行動したのを見るのはこれが初めてかもしれない。
「ん、少し話すことがある」
音もなく近付いてくると、周囲を素早く観察している。
その視線の動きに身のこなしを見れば、それだけでただものではないのが伺える。
「主のことだけど」
「ソラ君のことか?」
「そう、主は盗賊を討伐出来ないかもしれない」
その言葉に首を捻る。
最初は領主様から討伐に同行させたい者がいるという話を聞かされ、誰なのか尋ねたら旅の商人だと言われた。
文句の一つも言いたかったが、領主様は一度決めたことは曲げない気難しい気質の人なので無言を貫き従った。
実際会ってみて思ったことは、大丈夫か? という不安。
さらにはヒカリが同行すると我が儘を言って一悶着あったが、むしろこの少女の立ち振る舞いから、ソラの護衛として付いて来たいと思っているのではと思い許可をした。見た目と違い体の動きが普通の子供とは違った。
セットは勘違いしたようだが、そんな甘い感情で危険なところに連れて来るほど、自分たちの任務が優しいものだとは思っていない。
盗賊の討伐は定期的に行っているが、今回の討伐はいつもと違う気がする。
一つは被害らしい被害の情報がなかったのにも拘わらず、領主命令で急に任務が組まれたことなどがいい例だ。
もっとも騎士団まで詳しい情報が下りてきていないだけで、領主様の耳に入っていたという可能性もなくはないが。
ただ流石に腕のない商人と一緒に戦う危険は避けたいと思い、その実力を途中で確かめさせてもらった。
体が鈍るという理由で、休憩中に模擬戦をやってみたわけだが……。
するどどうだ。驚くことにその剣筋はしっかりしていて、十分戦えた。
セットをはじめとした新人は手も足も出ず、俺も気を抜けば負けていた。
詳しく話を聞けば、ダンジョンに潜っていたと言う。
商人が? 自ら? という疑問が浮かんだが、ヒカリとも実際に戦ったが、予想以上の強よさにさらに驚いた。
だから今では、ソラが戦うことを心配してないし、戦力の一人として計算している自分がいる。
なのにヒカリは、盗賊を討伐出来ないと言う。
「何故、そう思うんだい?」
「……相手が人だから……」
元々言葉少ない少女だから、何を言いたいのか分かり辛いところがある。
「人だから?」
「うん、主。人を殺せないかもしれない」
「人とた……」
尋ねようとして言葉を呑み込んだ。
殺せないとヒカリは言う。その言葉の意味するところを考える……なるほど。確かにそれは危険かもしれない。
「人と殺し合いをしたことがないということか?」
「……うん。たぶんだけど」
新人騎士にもそういうのがいる。
躊躇して、自分の身を危険にさらしたものが。そして運悪く、それで命を落とす者、騎士を辞める者もいた。
人を殺す。簡単なようで簡単じゃない。
冒険者の中にも、魔物は普通に殺すことが出来るが、人間を殺すことには抵抗があって、躊躇する者がいるという話を聞く。
実力差、戦力差があれば生け捕ることも良いかもしれないが、今回の討伐は、報告では盗賊の数がかなり多いことが分かっている。
だから今回集められた騎士たちも、その多くが人を殺すことに慣れている者が集められている。
「ということは、ソラ君は人を殺した経験がないということか?」
「……あるけど……」
何処か歯切れが悪い返答だ。
ただ商人だし、率先して人と戦うことなんてないか。盗賊と戦うのも、今回が初めてのようなことを言ってたし。
「分かった。ありがとう。ただ盗賊の数を聞く限り、我々も助ける余裕はないかもしれないぞ」
「うん、主は守る」
その瞳からは強い意志のようなものを感じる。
「だが、その、嬢ちゃんはいいのか?」
俺のその言葉に、一瞬でヒカリの表情が変わった。
違う、表情が抜け落ちたというのか? 感情が消えて、ただただ昏い視線が向けられて、思わず息の呑んだ。
「うん、大丈夫」
その一言が、いつまでも耳に残った。
やがてヒカリが馬車の中に消えた時、汗が全身から噴き出た。
いつの間にか握りしめていた手を開けば、そこも汗で濡れている。
警鐘が頭の中に鳴っていた。あれは危険だと。
娘と同じぐらいの年齢だと思う。そんな子に気圧された。まるで鋭い刃を、喉元に突き付けられたような恐怖に襲われた。
確かソラは、滅びた村の生き残りを保護したと言うようなことを話していた。
あれはセットが、なんでヒカリを、特殊奴隷を連れているのかを質問した時の返答がそれだったはずだ。
もしかしてソラも、ヒカリの全てを知らない?
けど一緒にダンジョンに潜っていた訳だし、その戦いぶりは分かっているはずだ。
戦えることは知っているが、その内に秘めた……そう、危うさのようなものを知らないのかもしれない。
俺は緊張で凝り固まった体をほぐす様に、大きく息を吐き出した。
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