第222話 マジョリカ(セリス視点)

「あら~、珍しいお客さんですね~」


 今日のお仕事を終わらせて帰宅していると、目の前に立ちはだかる者がいた。

 この町ではそこそこの有名人、冒険者ギルドのギルドマスターだ。


「お久しぶりです。それとありがとうございます」

「ん~、何のことですか~?」

「イグニス様の願いを叶えてくれたことです」


 そのことですか。確かに誘導しましたが、あれはあそこでしか手に入らない特殊なものです。物凄く運が良ければダンジョンでも手に入るかもしれませんが、可能性はかなり低いでしょう。


「別に彼の願いを聞いたわけではありませんよ~。あの子たちが欲していたから教えただけですから~」

「それでもです。セリス様が教えなければ、もっと時間が掛かっていたと思います」


 その言葉は否定出来ません。事実、この子も知らない情報でしょうし……いえ、イグニスから聞いているかもしれません。


「それに~、ここで彼に暴れられても困りますし~」


 下手に敵対して暴動を起こされても困ります。

 レーゼちゃんはイグニス様に限ってそんなことはありません、なんて否定しますけど、それは彼のことを良く知らないからです。

 今でこそ落ちつきましたが……まぁ今はいいでしょう。


「それで~、用はそれだけですか~?」

「……セリス様は、まだこの地に留まるつもりなのですか?」

「そうですが~。別に~、おかしくないと思いますよ~?」

「ですが、人間は貴方たちに!」


 彼女の心配は分からなくもありません。心配しているのが、人類の敵とも言われている魔族側の人間というのが、ある意味皮肉なのですが。

 実際、確かに私たちのような者は人間社会の中で住みにくくなっています。いつからこのようになってしまったかはもう思い出せませんが。


「大丈夫ですよ~、全ての人が悪という訳でもないですから~。それに~……」


 それにこの地を離れる訳にもいきません。

 特に魔人によって色々手を加えられたダンジョンを放置なんて……何が起こるか分かりません。

 遥か昔、晩年狂人と呼ばれた王が治めていた時代、私にちょっかいを出してきた時がありましたが、その時にこの地から離れたことがありました。

 するとダンジョンから魔物は溢れ出し、な問題が起こりました。

 それまでは私の訴えを鼻で笑っていましたが、最後泣いて頼んできたのは今では良い思い出です。あの時の涙と鼻水で汚れた顔を思い出すと、つい笑ってしまいます。

 その時交わした契約は、今も生きています。

 だから私に害が及べば、この国に刑が執行されることでしょう。一応天罰という感じで?


「あ、あの……」


 どうやら笑っていたようです。レーゼちゃんが何とも言えない表情を浮かべています。


「とにかくですね~。その点は大丈夫なので心配ありませ~ん。むしろ~、貴女は大丈夫なのですか~?」

「私にはこれがあるから大丈夫です。それに元々……」


 レーゼちゃんが握っているのは何かの魔道具のようですね。かなり精巧に造られているようで、魔力の反応も抑えられていて注意しないと分からないほどです。


「そうですか~。まぁ~、お互い無理はしないようにしましょうね~」


 何処まで行っても意見は平行線を辿りそうなので、この話はここまでにしましょう。


「それで~、他には何かありますか~?」

「い、いえ。それだけ……です」

「そうですか~。それでは他の方の目もありますし~、会うのは控えることにしましょうね~」


 相棒に周囲を警戒させているから問題ありませんが、万が一ということもありますからね。

 最悪私だけならどうとでもなりますが、レーゼちゃんの戦闘力は……うん、弱々ですからね。もちろん私が強すぎということもありますが。

 レーゼちゃんはもう一度深々と頭を下げると、闇の中に消えて行きました。

 何と言うか不器用な子です。心配になってしまいます。

 まったく、乙女の恋心を利用するなんて、イグニスにはガツンと言うべきでした。

 私はルフレ竜王国のある方角を見ました。

 思い出すのは、普通の人では読むことが出来ない本の文字を事もなげに読んだ少年の姿。それとそれに同行していた一人の少女の姿。

 時間が止まったかと思いました。古い友人に生き写しでした。

 そんな彼女の少年を見る目は……それこそ恋心でしょうか? う~ん、たぶん?

 だからこそ危惧しました。

 案の定、イグニスから異世界から来たことを聞き悩みもしました。

 確かにあの本を読めるなんて普通の人間だとは思っていませんでしたが、よりによって異世界人だったとは……。いえ、本当は頭の片隅では分かっていたのかもしれません。


「大丈夫ですよね~。けど~……」


 少年は為政者たちの手から離れたという話ですが、イグニスは彼を何かに利用しようとしている気がします。どのようにして、かはわかりませんが……。


「何事もなく~、穏やかに過ごして欲しいですね~」


 だからこそ願わずにはいられません。

 何ものにも染まっていない、若い子たちに幸あることを。

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