第221話 天野小鳥
私の名前は天野小鳥(あまのことり)。日本で中学校に通っていたのに、ある日異世界に召喚されました。
周りを見れば背の高い威圧のある方がいて、何処に行っても見られているような、息の詰まる生活を送ることになりました。
私は精霊魔法士という、珍しい職業に就くことになり、ある人に会うように言われて、その方から精霊魔法を教えてもらいました。
顔は綺麗で、つい見惚れてしまう美人さんですが、笑った顔を一度も見たことがありませんでした。感情のないお人形、そう表現するのがピッタリしているような方で、機械的に必要なことを教えてきます。そう言えば、耳が尖っていたような気がしますが、それは一度だけ、一瞬見えただけでしたのでどうだったかは自信がありません。
「がんばりましたね」
苦労の末精霊と契約し、最低限使えるようになった時に、手で頭を撫でてくれたことが印象的です。あの時の掌の温もりは、今でも忘れられません。
ただ、それ以降、その方とは会ったことがありません。御付きの方に尋ねても、別のお勤めがありますからとしか言ってくれません。
それからは怖いことの連続でした。騎士の方と訓練をしたり、色々な所に連れまわされては魔物と戦わされました。
怪我をしないように注意してくれていたようですが、間近で聞いた魔物の唸り声、間近で聞いた断末魔。何よりもあの目。憎しみに満ちた、狂気に彩られた瞳は、目をつぶっても夢の中まで追いかけてくるような、そんな錯覚を覚えさせられる程、脳裏に焼き付いてなかなか忘れられませんでした。
一時期具合が悪くなり、うなされる日々を送ったりしましたが、それでも私が正気を保っていられたのは、契約した精霊さんと、同郷の人たちのお陰だと思います。
特に楓お姉さんと、美春お姉さんの二人には大変お世話になりました。自分たちだって大変だと思うのに、何度元気付けられて、救われたことでしょう。
あ、楓お姉さんはパラディンという職業で、美春お姉さんは聖女の職業の方です。
徐々にこの世界の生活に慣れて、少しだけ自信がついた頃。逆に何処か歯車が狂ったように、壊れ始めて行ったような気がします。
それは最初僅かな歪みで、すぐに修正されて、私は気付けませんでした。
私がはっきりそれを認識した時は、もう手遅れだったのかもしれません。
「何かおかしい……」
楓お姉さんのその言葉はまるで予言のようで、やがて重く現実としてのしかかってきました。
会った当初は優しい物腰で、理想のお兄さんだと思っていたのに、吐く言葉は暴力的で、御付きの方たちには暴言は当たり前。酷い時は暴力だって振るいます。
私は怖いと思い、震えることしか出来ませんでした。
楓お姉さんは何度も注意してましたが、まるで聞く耳持たない態度でした。何があればそこまで変貌してしまうのか、私には分かりませんでした。
そんなある日。私たちは王都を出て、外国にやってきました。
そこにはダンジョンというところがあり、そこで毎日魔物と戦いました。もちろんお休みの日もありましたが、その頃の私は部屋にこもるようになっていたと思います。出来るだけ、人と接することを避けていたような気がします。
やがてそこの最奥。未だ到達出来たことのない階への門番と戦い、苦労の末ついに倒すことが出来ました。
「終わりました……」
その魔物を倒し、素材を回収することが今回の目標でした。
もちろん魔物と戦い続けたため、レベルも上がっています。
その頃になると、もう騎士の方たちと模擬戦をしても、殆ど負けなくなっていました。
だからといって誇らしい訳でもなく、ただ「そうなんだ」ということしか感じませんでした。
事件が起きたのはそれから二週間後のことでした。
ダンジョンのある街を出発し、その国の首都に寄り、王国に帰る途中で襲われました。
「ま、魔人だ!」
誰かの叫び声が、地獄の始まりでした。
頭に角を生やし、背中に羽を背負った魔人と呼ばれたものたちは、騎士の人たちを紙のように引き裂き、私たちに向かってきました。
楓お姉さんが守り、美春お姉さんが回復魔法を使います。
私は恐怖で身が縮まり動くことが出来ませんでした。
ダンジョンの奥でドラゴンと戦いましたが、それ以上の恐怖を感じました。
何故なのか、それは今なら分かるかもしれませんが、その時の私は分かりませんでした。
私が動けたのは、楓お姉さんが目の前で血を流して倒れた姿を見た時でした。
私がもっとしかりしていれば……後悔しました。
私は精霊さんの力を借りて、魔法を放ちました。
それを見た魔人が驚きの表情を浮かべて、次の瞬間、私の意識はそこで途切れ、現在牢屋にいます。どうやら捕まってしまったようです。
意識を失った私は、あの後、楓お姉さんたちがどうなったか知りません。誰も教えてもくれません。
牢屋に入れられていますが、待遇はそれほど悪くない様で食事も持ってきてくれます。
ただ、ここにいる間、何度精霊さんに呼び掛けても、応えてくれませんでした。
そんなある日。牢屋にある人、魔人がやってきました。
私はその人を一目見て……しまいました。
あの冷ややかな視線。心臓が止まるかと思い、体が勝手に震えだして、ただただ逃げるように後ずさりました。もちろん壁があったから、それ以上先には行けませんでしたが……。
それから私は魔王と呼ばれている人……に会い、そらさん、一緒に召喚されて、楓お姉さんが気にしていた人のことを聞いて、召喚の真実を聞かされて、そしてある場所に連れて行かれました。
「ここはどこですか?」
質問をしても必要以上の言葉はありません。ただ黙って前を歩くので、付いて行くために小走りになります。一歩の差が大きすぎるからです。
そこは小さな町でした。
色々な人がいます。あ、あの人は犬の耳です。確か獣人と呼ばれる人だったと思います。
皆こちらを見ては、笑顔で声を掛けてきます。魔人の人は特に言葉を返しませんが、向けられる視線から、慕われているような感じを受けます。
そしてある家の前で立ち止まり、扉を開けました。
すると奥の方から声が聞こえてきました。
中に入れば、そこには小さな子供を相手にしている人がいました。
後にその方がエルフと呼ばれる種族であることを教えてもらいましたが、その特徴的な尖った耳は、王国で会ったあの方に似ているような気がします。
「これはイグニス様。どうなさいましたか?」
魔人はエルフの人と話すと、何処かに行ってしまいました。
エルフの人は私に近付くと、そっと抱き締めて小さく声を掛けてきました。
「大変でしたね。ですがもう大丈夫ですよ」
その言葉を聞いた瞬間、涙が出ました。声も出ました。恥も外聞もなく、泣き叫びました。
わらわらと小さな子供たちに囲まれましたが、ただただ、私は泣いていました。
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