ルフレ竜王国編

第223話 山路・1

 遠くから見た時から分かっていたことだが、実際に山登りを始めたらその厳しさが痛いほど分かった。

 国境都市の宿で誰かが言った「自然の要塞」という言葉がそのまま体現されているような場所だった。

 馬車で進むことは不可能と言われた通り、平坦な道は麓で途切れ、その先からは辛うじて道と呼べるような足場の悪い場所を進んだ。

 人がすれ違うのがやっとな道幅で、足場も悪い。柵なんてものがないから、足を踏み外せば傾斜を滑り落ちること間違いない。その傾斜も急斜面で、転がり落ちればただでは済まないだろうと思われる個所が多い。

 それでも全く人の往来がないわけではないようで、要所要所で休憩の出来る空間はある。もっとも団体で休むには狭い場所だから、軍隊のような集団を送り込むには無理があるのだろう。

 休戦を結び、人類? が手を組んで魔王と戦うと表明しても、不干渉を貫いているのは、この立地条件によるものなのかもしれない。

 あ、けど他のルートなら移動の楽な場所があるそうだから、一概にそれが理由だとは限らないか。


「息苦しいです」


 ミアが辛そうにしゃがみ込んだ。

 標高が上がるにつれて、吐く息は白くなり、肌寒さを感じる。

 その点は竜王国に行くことを決めてから、情報収集して対策をしていたからある程度緩和されてるが、それでも吹き付ける風を受ければ、思わず身が震えた。

 防寒対策をしていても、寒いものは寒い。


「主、温かいものが欲しい」


 我慢強いヒカリもこれだからな。小腹が空いた訳じゃないよね?

 俺たちは近くの避難所まで進み、温かいスープを配った。

 密集していれば魔法でどうにか風よけが出来るが、広範囲となるとMPが持たないし、移動するごとに魔法も動かさないといけないからコントロールが難しくて断念したんだよな。

 皆はそれを大事なものを受け取ったように両手で器を包むと、それを美味しそうに飲んでいる。その蕩けそうな、幸せそうな顔を見て思わず手が止まった。


「主、どうした?」

「何でもないよ。それよりお代わりはいるか?」

「うん」


 場違いにも、このふわふわしたような雰囲気に幸福感を覚えたなんて言えないな。

 環境は厳しいが、ダンジョン内で殺伐とした雰囲気の中で過ごすよりは、まだ心休まると言った感じだ。

 もっとも、それはあと少し進むまでかもしれないが。


「あそこにある木が教えてもらった目印なのかな?」


 ルリカの言う木は、歪な形の特徴的な木で、おどろおどろしい不気味さがある。

 天気が晴れやかなのに、そこだけがまるで切り取られたように暗い雰囲気を漂わせている。

 あの木を通り過ぎると、傾斜が少し緩和されて道幅も広くなるという話だ。

 ちょうど山頂までの中間地点らしい。

 また街道から離れた位置には山肌からは多くの木が生えていて、そこには多種多様な生物が生息しているという。それこそ魔物から人まで幅広くだ。

 街道から遠く離れた森の中には、小さな集落があるとも噂されている。

 もっともMAPで確認しても、範囲内にはそのようなものがないのは確認済みだ。人と魔物の反応もない。

 それでも山賊が出るという噂を聞いたから、警戒は必要だ。魔物被害の話も聞かないが、目撃情報はあるとの話だったからな。

 そもそも竜王国に行く人自体が少ないから、圧倒的に情報が少ない。

 それこそ何百年前もの昔は、国交が結ばれていたようだが、ある時を境に積極的な交流が終わり、徐々に交流が減っていき今に至るらしい。

 それでも商人が向かうのには訳がある。竜王国でしか手に入らない貴重品があるからだ。

 また試練を突破すると新たな力を手に入れることが出来るという、嘘か本当か分からない試練があるということで、冒険者も訪れることがあるらしい。


「聞けば聞くほど、奴隷を連れて行くようなところじゃなさそうだよな」


 この劣悪な環境の中、わざわざ奴隷商が奴隷を売りに行くのだろうかと思う。

 仮に別ルートを進むにしても、標高が高くなるだけでも寒さ対策は必要になってくるし、準備にお金とか掛かりそうだ。


「そうなんだけどね。竜王様が奴隷を保護してるっていう噂もあるからね……」


 ただ真偽のほどが分からず、確認するにも竜王国に行く道が厳しいため、すぐには行けなかったという話だ。

 そもそも帝国との戦争のごたごたで行方不明になったのだから、帝国に連れ去られたと考えるのが普通か。事実、セラは帝国に連れ去られていたわけだし。


「そもそも二人でだと辛くないか?」


 そう問い掛けたら、ここまで探すのに苦労するとは最初思ってなかったそうだ。

 だから王国で見付けられず、獣王国のいくつもの町を回っても見付けられなかった時は、かなり焦っていたと言う。


「それで手紙を受け取ったから、もう藁にも縋る気持ちで飛んできたわけ」


 ルリカの苦労話を聞くのはこれで何回目だろうか? 別に酔っぱらってないよね?

 セラとクリスは苦笑しているし、不安を吹き飛ばすために敢えて話しているだけなのかもしれない。

 到着したその先にエリスがいなかったら……そんなことを何度も考えているのかもしれない。


「さて、そろそろ出発するか?」


 まだ日は高いし、野営をするならもう少し雨風を凌げる場所の方がいい。もちろん暗くなってから歩くのは危険だから、その前に歩くのは止める予定だ。

 暗視効果のある魔道具はダンジョン用に購入してあるから、別に暗くなっても進もうと思えば進めなくもないが、やっぱ視界は悪いし、日が落ちればさらに寒さは厳しくなるだろう。

 それに慣れない山歩きだ。あまりのんびり出来ない事情はあるが、それでも焦って滑落などしないように、足場を確認して注意しながら進む必要はある。


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