第229話 マルテ・2
「主、美味しそうなものがある」
確かに屋台からは良い匂いがしてくる。
ただここで買い食いをすると、合流した時に怒られそうだから我慢だ。ヒカリは無罪放免になるかもだが、監督不行届として俺が説教される未来しか見えない。
「ご飯は合流してからな。皆で食べた方が美味しいだろう?」
「……うん」
言い聞かせれば素直だからな。ヒカリは良い子だ。
ただ言葉とは裏腹に、屋台の方にフラフラと寄っていくから手を繋いでそれを阻止。何故か嬉しそうに笑っているから機嫌は良いようだ。
「やっと来た。こっちこっち」
探す間もなく見付けることが出来た。
ただルリカよ。大きな声で呼ぶから視線を集めているぞ。
ヒカリはダッと駆けて行き、ルリカに抱き付いた。
「……お腹空いた」
「我慢したの?」
「……うん」
何故か褒められている。食欲旺盛なヒカリが我慢したことに対してか、たぶん。
「何処で食事にしますか?」
クリスが聞いてきたので悩んだ末、ヒカリを見た。
視線の先には屋台が多数並んでいる。
皆もその視線を追い、仕方ないなと呟いて屋台の方に進路を向けた。
もちろん飛んで行かないように、ヒカリはルリカに手を繋がれている。
人が少ないとはいえ、突然走ると危ないからな。ヒカリなら急に何かが目の前に現れても避けられると思うけど。
屋台の前まで来ると目を輝かせて、鼻をクンクンさせている。
そしてぐるりと眺めていた視線が、ある位置で留まり何かをロックインしたようだ。
ルリカをひっぱりながらそちらに向かい、ジッとそれを眺めている。不思議そうに首を傾げながら。
「お、嬢ちゃん。お一つどうだい?」
そんなヒカリの様子を微笑ましそうに見ていた店主が、声を掛ける。
「……ん、これ何?」
しばらくジッと見ていたヒカリが、店主に顔を向けて尋ねた。
「知らないのか? って、嬢ちゃんたちは他所から来たのか」
「うん、そう」
「なら仕方ないか? 良く他所から来た人らはこれを見て驚くからな。嬢ちゃん、これは俺からの奢りだ。食ってみな」
ヒカリは嬉しそうに頷くと、豪快にかぶり付いた。
モグモグと口を動かし咀嚼すると、
「美味しい!」
と、一言。
それを聞いた店主は破顔して得意げに頷いた。
「そうだろ、そうだろ。嬢ちゃん分かってるな」
と、言ってチラリとこちらを見てきた。
商売上手だな。俺は苦笑して他の四人に聞いたら食べてみると言った。
若干何人か少し腰が引けているような感じだったけど、ヒカリのとろけるような表情を見て味は間違いないと判断したようだ。
「それじゃ五本よろしく」
「毎度!」
良い返事だ。
代金を支払い、俺も一本もらう。
口に含めばパリパリとした食感と共に塩気が広がり、白身の優しい味わいが口の中に広がる。
うん、間違いない。魚の塩焼きだ。串にささって丸ごと一匹。
横を見れば、予想外の味だったのか、ルリカたちが驚いたような表情を浮かべて談笑している。
流石ヒカリちゃんね、と賞賛の声が聞こえて、ヒカリも少し得意げだ。
魚と同じような食感の料理はマジョリカでも食べたことがあったが、魚の丸焼きは初めてだったからな。
あれも結局食感は魚っぽかったけど、実際魚かどうかは謎だったし。
「なあ、これはそこの湖で
「おうよ。それを生業にした奴らがいてな。他にも色々な種類の魚が獲れるな」
この世界でも魚と言うのか。
「どうやって獲ってるんだ?」
「漁をする用の小舟があってな。それで獲ってたりする。町の隅の方に専用の小屋があって、普段はそこに船掛かりしているな」
小舟が見当たらないということを聞いたら、普通に教えてくれた。
その小舟を利用して島に渡れたりしないのだろうか?
その後もヒカリ先導のもと露店を回り、昼食を終えた。魚由来の料理が多かったが、肉好きのヒカリも満足しているようだった。
「それでソラたちの方はどうだったの?」
ルリカたちに先導されて宿まで来ると、食堂になっている一角に座ってお互いに入手した情報を整理する。
「月桂樹の実は手に入らなかった。一応ギルドには入手出来ないか頼んだが難しいって話だ」
「そうなの? こっちも何軒か道具屋とか回ったけど、ないって話だったよ」
「どうするの?」
ミアの問いかけに、錬金術ギルドで聞いた話を伝えた。
「それじゃ、明日は領主様に会いに行くの?」
「ああ、紹介状も書いてもらったし、ギルドの方から明日会いに行くって連絡をしてくれるらしい」
「そっか。けど……その仮面は取って行った方がいいかもね」
ルリカの言葉に考える。時々町でも仮面をしている人がいたから大丈夫だと思うけど……やっぱ駄目かな?
マジョリカの領主はレイラの親だったからありなのか? けどこの格好でギルドマスターにも会ってるし……。
ここは一つ常識人であり、知識人であるクリスに頼ることにしよう。
「そうですね。町で聞いた噂だと、少し気難しい方のようです。仮面をしていかない方が印象は良いのかもしれません」
そうか……。気配察知で変な反応もないし、王都からも離れているし、領主の館に入る時だけは、仮面を外して行くか。
「それじゃ明日行くとするけど、皆はどうする?」
「それならクリスと二人で行って来るといいよ。奴隷を連れて行くのは、ここではやめた方がいいと思うし。その間、私たちは消耗品の買い出しとかしておくよ」
ルリカの言葉に、この国の奴隷の立位置を思い出す。
それに確かに大勢で押し掛けるのも、良くないのかもしれないな。
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