第218話 マジョリカ・28

「約束のものだ。確認してくれたまえ」


 無茶な要望かと思ったが、この短時間でミスリルを集めてくれた。詳しく聞けばボーゼンの協力あってこそだと苦笑していた。

 しかも希望した量よりも少し多い。


「こんなにいいのか?」

「……ケーシーは私の親友の娘だ。彼女を助けてくれたと思えば安いものだ」

「まだ助けたわけじゃないんだがな」

「そこはボーゼンたちに期待するさ。それに急な竜王国行きは、少しは関係しているのだろう?」


 分かってます的な顔で言われてもな。事実だから否定も出来ないし。貴族様の情報網恐るべしといったところか。

 それにちょっと上機嫌だな。何か良いことでもあったのだろうか?


「期待しないで待っていてくれとしか言えないな。そもそもが確かな情報じゃないからな」


 はっきりした資料があった訳ではなく、あくまでセリスの言葉を信じるならというレベルだからな。ただ、言葉では否定しているが、あるのではないかと期待はしている。人生経験豊富そうだしな。

 ウィルと別れたら、今度はケーシーの様子を見に行く。

 病床の女性の部屋に一人で会いに行くと問題があるということで、ミアに一緒に来てもらった。

 部屋を訪れると、レイラがそこにいた。

 屋敷にいる間は、殆どケーシーの部屋にいるイメージだな。タリヤが色々と世話を焼いているようだが、効果はあまり出ていないようだ。


「出発前に挨拶だけと思ってな」

「そうですか。ソラさん、色々とありがとうございました。まだ私に命があるのは、ソラさんたちのお陰です」


 ケーシーの言葉に、視界の端でレイラが口をきつく結ぶのが見えた。


「あとは大人たちに任せるよ。どうやら今出来る治療薬じゃ無理なようだったからな」

「いえ、これだけでも十分です。あの時諦めていたのに、こうしてまたお嬢様と話すことが出来ていますから……」


 嬉しそうに笑ったが、すぐに顔を曇らせた。たぶん、レイラに心配させている自分に、責任感のようなものを感じているのかもしれない。

 その後近頃の俺たちの活動、主にヒカリのマジョリカ屋台制覇の話は、楽しそうだった。いつか自分も、元気になったら挑戦したいな、と話していた。

 疲れが見えてきたからそこで部屋を後にした。


「あの、ソラ……」


 後から付いて来たレイラが何か言おうとしたが、次の言葉が出てこないのか、何度か口を開いては閉じてを繰り返している。


「なあ、レイラ。ケーシーのことは頼んだぞ」


 だから軽く肩を叩きながら言った。

 瞬間、レイラの肩から力が抜けたようだった。



 翌朝。ウィルの用意してくれた場所の前には、ウィルをはじめとして数人の人たちが集まっていた。


「それじゃエルザとアルトのこと、よろしくお願いします」

「お任せください。立派なメイドに育て上げます」


 タリヤは自信満々に言うが、それを言うならアルトは執事だよね?

 平然とした中で、ウィルともう一人、ケーシーの親父さんが苦笑している。二人と視線が合ったから念を籠める、頼みましたよ! と。首を左右に振られたけど。

 屋敷の重鎮二人をもってしてもタリヤを止めることは出来ないということなのか……。

 当の二人はヒカリたちと何事か話している。別れを惜しんでいるのかもしれない。

 竜王国は自然の厳しい国のようで、まだ幼い二人が、移動するには難しい環境のようだ。同年代のヒカリは? と思うが、ダンジョンで鍛えられているからな。

 一応馬車で移動出来る安全なルートもあるが、聖王国内を一度通らないといけないからな。

 魔導国内は馬車移動が出来るが、それ以降は徒歩移動になる。特に山越えは大変だと、聞かされている。


「それじゃ二人とも。一応目的が果たせたら一度戻って来る予定だから。それまではタリヤの言うことを良く聞いて学ぶんだぞ」


 俺の言葉に二人は深く頷いている。一抹の不安があるが、大丈夫だと信じたい。

 あとはウィルに頼んで用意してもらった一軒家の管理もお願いした。

 将来ここに住むかは分からないが、いくつかの要望の一つとして軽い気持ちで言ったら、何故か用意してくれたからだ。

 馬車に乗り込めば、あとはお任せで目的地の国境都市リエルまで勝手に運ばれていく。

 本来なら歩いた方が俺的には良いが、今回は時短のため行けるところまで馬車で乗っていくことになった。

 石化治療薬の在庫がなくなる前に、月桂樹の実を手に入れないといけないからだ。

 一応ボーゼンにはそのことを相談していて、完治したら連絡をくれるように伝えてある。錬金術ギルドは竜王国内にもあるらしいからな。

 レイラにも何かあったら冒険者ギルドの方に連絡をするように頼んである。


「それじゃ元気でな」


 最後にブラディーローズの面々と言葉を交わして、馬車は出発した。

 さすが貴族の馬車だ。揺れが違うな、と思っていたが、それは街を出るまでだった。

 街中は静かに走っていた馬車も、街道に出たらスピードを上げて走っていく。

 確かに急いでくれとは言ったけどな……。運転は安定しているようだからその点は安心して乗っていれるけど。

 ルリカとクリスを見ると、涼しい顔をして外の景色を眺めている。

 流石に旅慣れしている二人は違うな。ヒカリとミアは、ある意味別のベクトルで楽しんではしゃいでいるように見えるが……逆にセラはちょっと落ち着いていない感じがするな。

 車窓から見える外の景色は、車や電車と比べればゆっくりと流れていくが、自然あふれる光景は、このぐらいのんびりとしている方が合っていると思うな。

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