第205話 マジョリカダンジョン(レイラ視点)

 パーティーが崩壊してからどれぐらい経ったのかな?

 ここは二十八階にあるとある通路の突き当り。逃げてる間にたどり着いた場所がここだった。

 幸いだったのは大物を上手く撒けたこと。追撃された魔物が弱かったこと。


「お嬢さん、休めたかい?」


 心配して声を掛けてきたのは、罠を起動させたパーティーにいた冒険者の一人リンド。合流してから私たちと共に行動してくれている。

 あれから色々あった。

 最初は順調に倒していた魔物が、徐々に強くなってきた。

 それでも力を合わせて撃退していけたけど、あれが現れた。

 コカトリス。完全な不意打ちだった。

 コカトリスに気付いた時には間合いに入られて、ブレス攻撃を受けてしまった。

 何人かが避けきれなくて、ブレスを受けてしまった。ブレスに触れた箇所が徐々に石化していき、追撃のブレスで完全に石像になってしまった者もいる。

 目の前でそれが砕かれると、パニックが一気に伝染して、戦線を維持することが出来なかった。

 あとはもう動けるものを救助して、逃げるだけだった。

 私と数人が殿を務め、どうにか攻撃を受け止めることが出来た。

 成功したのは運が良かった。コカトリスがその中にいなかったからだ。

 二度目のブレスの威力が最初のものと比べて弱かったから、もしかしたらあまり連続で使用出来ないのかもしれない。

 振り切った私たちは、その後の方針で揉めて、半数が離反した。

 元々一緒にダンジョンに潜っていた私たち学生連合のパーティーもブラッディーローズと金貨千枚を残して、戻るべきと主張して、逃げてきた冒険者と共に二十七階を目指した。

 私は……連合のリーダーの一人として、彼らの言うように帰還すべきと言うべきだったのかもしれない。

 だけど私はそれが出来なかった。残されたのは二十人。そのうち六人は、手足を石に変えられた人たち。戦うことが難しい者だ。

 その中の一人が、ケーシーちゃんだった。特に私を庇ったため、中でも重症だ。

 トリーシャちゃんがリカバリーを使ったけど、状態は思わしくない。辛うじて、石化の侵食を留めることが出来た感じ。


「お姉様、これからどうしますか?」


 ルイルイちゃんが心配して聞いてきます。疲労の色が見てとれます。

 タリアちゃんとカールの三人で見張りをしてもらっているのが原因。もちろん私たちも見張りはしますが、あくまで私たちは三人の補助になる。本職には敵わないから。

 他はトリーシャちゃんも定期的に神聖魔法で治療を試みてるし、ヨルちゃんはその手伝いをしている。

 状況は最悪。食料も消耗品も減る一方。時々流れて来る魔物を素早く狩って凌いでいますが、強敵が来たら間違いなく防ぎきれない。

 金貨千枚で唯一帰還したトットは、救助を連れて来ると言って出て行った。

 斥候としても剣士としても一番優秀だから、可能性はあるかもしれない。

 石化したパーティーメンバーを最後まで気にしていたのが印象に残っている。

 仲間たちからは止められていたけど、やはり何か行動を移さないといけないと思ったんだと思う。


「……方針は代わりませんわ。三人は交代で休んで下さい」


 無理を言っているのは承知している。けど選択肢がない。

 それは三人も分かっている。タリアちゃんを残して二人が奥に行く。

 ルイルイちゃんは休息をとりに、カールさんは双子の妹であるカーラさんの様子を見に行ったのでしょう。

 通路の先をじっと眺めます。あの角から、いつ魔物の群れが飛び出してくるか、想像するだけで怖い。


 それからさらに七日経ちました。

 雰囲気は最悪。中には石化した人たちを厳しい目で見る人も現れたりしている。

 それでも暴発しないのは、リンドさんのお陰だろう。

 眠い。頭痛がします。今横になったら、すぐ寝られる自信があります。


「お姉様休んで下さい。このままじゃ先に参ってしまいますよ」


 ルイルイちゃんが泣きそうな顔で言ってきます。

 けどどうしても、あの角が目に行ってしまいます。不安、恐怖、後悔、決断。色々な感情が渦巻いていて、私を攻め立てます。


『お前が悪いんだ』『見捨てれば良かったんだよ』『なんで助けてくれなかったの』


『お前が……』『お前が……!』『お前が……‼』


 分かっています。非情に慣れなかった私がきっと悪い。

 恨まれてでも、身内だからでも、切り捨ててより多くを助けるべきだった。

 食料は倒した魔物の肉で食いつないでいたけど、もう限界が近い。

 あと数日もすれば、それこそ戦える人も一握りになっているかもしれない。

 一度考えたら、悪い方へと悪い方へと考えが向かう。

 それを止めてくれる人はいない。

 呼吸が乱れ、息が苦しくなった。

 私の状態を見てルイルイちゃんが声を掛けようとしたが、直ぐに私から視線を通路の角へと向けた。

 その横顔は怖いほど真剣で、その瞳は恐怖に揺れているように見えた。

 私も追うように視線を向けた

 その先には、あの魔物がいた。

 思わず息を呑み込んだ。

 違う。そうじゃない。戦わないと。

 ミスリルの剣を鞘から引き抜く。構えようとして力が入らないことに気付いた。

 まるで自分の体じゃないように重い。

 距離があるけど、コカトリスの姿ははっきり見える。余裕からか、ゆっくりとした足取りで向かって来る。

 一人が魔物が現れたことを伝えに走っていく。

 私は動かない。動けない。ここを突破されるわけにはいかないから。

 まだ遠い。音が聞こえたが、コカトリスから目が逸らせない。

 まだ遠い。コカトリスが威嚇するように鳴く。

 まだ遠い……遠目に見えたコカトリスの表情は、獲物を見付けたのを喜んでいるように見える。その足取りは変わらない。

 コカトリスがルイルイちゃんの間合いに入った瞬間弓を引き、待機していた魔法使いの子が魔法を詠唱しはじめた。

 けどそれをあざ笑うように、コカトリスは大きく口を開いた。

 ブレス。頭に浮かんだけど体が動かない。

 ルイルイちゃんの放った矢は、コカトリスの羽ばたき一つで叩き落とされた。

 魔法はコカトリスに届く前にかき消えた。

 ゆっくり、ゆっくりと吐き出されたブレスが近付いてくる。

 悲鳴が背後から上がった。

 けど振り返れない。

 そして、そして……。

 目の前に迫ったブレスは見えない壁に阻まれるように弾けた。

 

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