第203話 マジョリカダンジョン 28F・1

「…………駄目でした」


 クリスが額に浮いた汗を拭いながら言った。

 クリスの呼び掛けに、精霊からの反応がなかったようだ。

 魔力の流れを視ている限り、何らかの魔力の収束は見受けられたが、それが一つにまとまる前に霧散していた。

 改めて魔力察知を行えば、まるで妨害電波のようにノイズがそこかしこに走っている。

 試しに攻撃魔法を放ったら、そっちは正常に発動した。

 ただいつもよりも魔力の消費量が多いのかMPの減り幅が高く、威力も弱かったような気がする。


「変身の魔法も駄目か?」

「……駄目みたいです」


 聞いた話だと残っているのは二十人もいないらしいが、人目に付くことは間違いない。


「大丈夫です。フードはしっかり被っておきますし」

「俺の予備の仮面でもするか?」


 あ、目を逸らされた。


「あ、あの。それでしたら私に任せて下さい」


 ミアがやってきて、クリスの髪の毛を編み始めた。

 一度解かれた銀髪が梳かれ、耳を隠す様に編み上げられていく。


「こんなことも出来たんだな」

「教会にいた時に少しだけ。孤児院を訪問した時に子供と一緒に内緒でやったことがあったんですよ」


 当時を思い出したのか、懐かしそうに、少し寂しそうに語る。


「ミアさん、ありがとう」

「ううん。ただ久しぶりだから、あまり激しく動かないでもらえると助かるかもです」


 問題なさそうに見えるけど、やった本人が言うなら素直に従った方がいいだろう。

 もっとも後衛であるクリスが激しく動くような事態にならないように気を付けたいところだけど。


「隊列はそのままで。そうだ。ヒカリ、武器に魔力を流せるか確認してもらってもいいか?」


 俺の言葉に早速ヒカリが試してくれた。


「……難しい。時間がかかる」


 だけど一応魔力を流すことは出来るようだ。それなら渡した投擲武器は使えるな。

 トットの話によると遠距離からのブレス攻撃が危険だという話だった。なんでもそのブレスに触れた者は手足を石にされたという。全身に浴びたら石像の完成らしい。

 なら出来るだけ近付かないように攻撃した方が安全だ。

 俺の場合は状態異常耐性があるから防げるはずだ。確かレベル5で石化耐性を覚えたから、6に上げれば石化無効を覚えられるかもしれない。

 そう思ってステータスパネルを呼び出してみたら、状態異常耐性のレベルが7になっていた。熟練度も途中まで上がっている。

 長いこと確認していなかったが、そもそも状態異常になるようなものに掛かっていない。何故上がったか思い当たる節が……と、ここまで考えてやめた。

 今はレベル6とレベル7での効果を確認した。

 レベル6は「石化無効」レベル7は「魅了に対する耐性が付く」とある。

 これは大きなアドバンテージになる。魔法の効果が弱まる以上、物理攻撃の方が有効だ。さらに遠距離攻撃よりも、接近戦の方が倒しやすいだろう。

 ブレスを警戒して遠くから投擲すると、不意でも衝かないと避けられる可能性が高い。

 聞けば罠を発動して現れた魔物はアンデッドじゃなく、色々な種類の魔物が出現したという話だ。

 最初は弱い魔物が、そして徐々に強い魔物が後から後から出て来た、と。


「戦闘時も俺がそのまま前衛に入るから、援護は頼んだぞ」

「主様大丈夫なのさ?」

「ああ、問題ない。状態異常の耐性があるから、石化は効かないはずだ」


 実際ヒカリのナイフを借りて傷を付けたことがあったが、麻痺が付与されることはなかったからな。

 ヒカリの頭をポンポンと叩いて歩き出す。

 MAPを表示させて気配察知、魔力察知を両方使う。自然回復向上のレベルが上がったお陰で、複数のスキルを同時に使っても回復が追い付くようになった。もちろん歩いていれば、という注釈が付くが。もちろんもっと多くのスキルを同時に使えば回復が間に合わなくなるが。

 魔力を大きく籠めてMAPを拡大すると、反応があった。

 ただ残念ながらこの色。魔物の反応だ。先に進めない状況なら仕方ないが、避けて進めるなら回避した方がいいか?

 それとも確実に倒しておいた方が後顧の憂いがなくていいのだろうか?

 MAPは迷路を解くような感じで、少し入り組んでいるな。MAPも時々ノイズが走るからちょっと見にくいのも問題。

 ただ察知系のスキルは乱れない。使うと消費されるのがSPだし、魔法と見られていないからなのだろうか?


「主、どうした?」

「この先どうしても戦闘が避けられなさそうなところがあるんだ」

「む、主凄い」


 褒められてもスキルのお陰だからな。もっと近付けばヒカリなら気付けるはずだ。

 事実二つ先の通路まで近付いた時に、ピクリとヒカリの体が動いた。

 こちらを見てくるから頷いてやる。

 問題はこの通路の先にいる魔物が何かだ。


「この先に魔物がいる。どんな魔物が出るか分からないから注意な」


 俺の言葉に五人が頷く。

 今までは予め出る魔物が分かっていたから、そのための準備を重点的にしてきた。

 それが今のこの階では通用しない。雑多な魔物の中で、何が出るか……その答えは一つ先の通路の先にある。

 剣を握る手に力がこもる。

 大きく深呼吸して、覗き込むようにして通路の先を見た。

 大きな体が目に映った。色は濃い緑色。体躯も大きい。ダンジョンの天井に頭付きそうじゃない? と思えるほど背が高い。

 見たことある魔物だな。ゴブリンキング。それが一体で徘徊していた。

 



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