第201話 マジョリカダンジョン 26F・2

「トット先輩!」


 階段のところまで戻って来ると、トットの姿を認めたヨシュアが駆け寄って来た。

 続いて希望の灯の面々が後に続くが、ボロボロの装備を見て驚き、疲弊した様子に困惑した表情を浮かべた。


「な、何があったんですか?」

「詳しい話は戻ってから話す。まずはギルドに……」


 そこまで言って不意に重さを感じた。見ると気絶している。

 張り詰めた緊張が、良く知る知り合いの顔を見たからなのか、それとも階段に到着した安堵感から切れたのかもしれない。


「悪いが頼めるか?」

「は、はい。任せて下さい」


 ヨシュアの仲間にトットを任せると、先ほど聞いたことを手早く話す。

 レイラたちが二十八階で孤立して危険な状況にいる、と。


「た、大変じゃないですか。すぐにギルドに戻って報告しないとです」


 ヨシュアの言葉にトットを連れて次々と装置を使って戻っていく。

 俺はその後姿を眺めながら、一歩を踏み出せないでいた。


「ソラ?」


 最初に気付いたのはクリスだった。

 次に気付いたのはヒカリ。装置の元に歩いていた仲間たちが足を止め振り返る。

 希望の灯最後の一人になったヨシュアもだ。


「ソラ、迷っているのですか?」


 言い当てられてドキリとした。

 事実迷っている。冷静に考えればギルドに報告して任せればいい。

 けど実際救助隊が組まれて出発するまでにどれぐらいの時間が掛かるかを考える。

 ここが普通のフィールドならある程度の時間で準備は可能かもしれない。

 しかしここはダンジョン。現在どれぐらいの人数が探索に入っているか分からないが、二十八階に行くことが出来る人間がどれぐらいいるか。

 また戻った場合。ダンジョンにすぐに再入場出来るか。装置の使い方に制限があったような気がするが、それは入る時? 出る時だったか?

 頭の中がグルグルして思い出せない。

 顔を上げると、心配そうな十二の瞳がこちらを見ていた。

 様子を見ようとしないで装置で戻っていたら。トットを助けなかったら。話を聞かなかったら。窮地に陥ったのがレイラたちじゃなかったら。

 色々なIfが脳裏に浮かぶが、既に結果は出ている。

 正直な意見を述べるなら助けに行きたいと思っている。

 確かにアイテムボックスの中には、まだ食料も消耗品も入っている。

 それだけで考えれば十分行ける。

 ただ向かう先はまだ行ったことのない階層。さらには二十八階に出ている魔物は、正規に出現する魔物ではないようだ。

 リスクの方が大きすぎる。大事な仲間を巻き込むわけにはいかない。


「戻ろう」


 一歩踏みだした時に、それを押しとどめるように声が掛かった。


「……それは本心ですか? 後悔しませんか?」


 クリスの言葉は、重くのしかかる。

 後悔しないなんて即答することは無理だ。悩んで悩んで、今の自分がいる。


「分からない。だけど……」


 順に皆のことを見る。

 命は平等なんて言うがそんなことはない。今目の前にいる仲間の方が、間違いなく大事だし。天秤に置いて測れば、どちらに傾くかは分かり切っている。


「悩むなら行くべき」

「主様、ボクもそう思うさ」

「そうだよソラ。後悔は、消えないんだよ」


 ルリカが何かを思い出したように、遠い目をしている。

 その言葉は俺にというよりも、自分自身に言っているようにみえた。


「……いいのか? 危険だぞ」

「仕方ないですよ。だってソラなんですもの」


 ミアが何処か嬉しそうに呟いた。

 その言葉に何故か皆頷いている。


「ヨシュア。悪いけど俺たちは行こうと思う。無理なら引き返すけどな」

「そうですか。でしたらこれを持って行って下さい。ソラさんからもらった消耗品の余りです」

「分かった。ありがとな」

「元々ソラさんたちの物ですから」


 預かったアイテムをアイテムボックスに入れると、お互いに装備を確認して歩き出す。


「お気をつけて!」


 背中で激励を受けながら方針を考える。

 こうなるんだったら、トットから道順などの詳しい話を聞いておくべきだった。

 もっとも地図でもあれば別だが、口頭で説明されていたら時間が掛かって仕方なかったと思うが。

 MAPに魔力を籠めて引き延ばしても、階段は見えない。

 いっそ全ての魔力を籠めるか? と思ったが、確実ではない方法で消耗品を使うのは控えた方がいいな。

 まずはトットを助けたところまで行き、そこで改めて相談する。

 今回は急ぎだから、先頭を歩くのは俺とヒカリで、セラとルリカには後ろに回ってもらうことにした。戦闘になったらセラには前に出て来てもらうつもりだが。

 不謹慎だが、負傷したトットが流した血の跡が残っていたら、道しるべとなってくれたが、生憎と魔物の死体と同じように、時間が経過すると消えてしまうからな。そもそも負傷したのはここに来てからだったか?

 結局出たとこ勝負で、勘を頼りにしらみつぶしに進むしかないか。

 以前風魔法で空気の流れから階段を探したことがあったが、下に行くほど拡がるダンジョンの規模を考えると、MPに不安が残るし、時間もかかる。

 それとも何か役立ちそうなスキルがあるのだろうか?

 正解の道を教えてくれるような便利スキルなんてなかったはずだが。

 スキルを確認しようとステータスを呼び出した時、クリスが一歩前に出て言ってきた。


「ソラ、私に考えがあります」


 その顔は真剣そのもので、何かを決意したような、覚悟のような強い意志をその瞳に宿していた。


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