第190話 マジョリカ・20
「貴方、良い腕ですわね。私の家で働くことを許しますわ」
二十五階で登録を済ませて戻って来るなり、金貨千枚のメンバーの一人、小柄の少女からそう言われた。
確か名前はヒノだったか?
ダンジョンの討伐中も、リーダーシップを発揮しているというよりも、少し我が儘の度が強いという印象が強かった子だ。
トットが頭を抱えている。他のメンバーも天を仰いで者がいる。
希望の灯の面々は突然の物言いに困惑しているけど、何処か諦めた表情だ。
「分かりませんの? 料理が美味しいから雇ってやると言っているのですわ。何でも商業ギルドに登録しているらしいじゃない、なら家のように大きな商会で働いた方が良いですわ」
レイラが小声で教えてくれた。マジョリカにあるアウローラ商会の
少し傲慢で、それがなければ良い子なんだけどとも付け加えた。
え、それが全てを台無しにしていません?
「悪いが興味ない。他をあたってくれ」
「な、何故ですの。家のような大きな商会で働けるなんて栄誉なことですのよ。商人なら分かるでしょう!」
断られると思っていないような反応だった。その自信が何処からくるのか、ある意味それが気になるところだ。
「別に生活に困ってないしな。それにその態度、大きな商会だから何をやっても許されるとか思ってるなら、改めた方がいい」
「な、何なんですの……」
「ヒノさん。迷惑を掛けては駄目ですよ」
「ト、トットまで私が悪いとでも言うのですの」
「そうですよ。実際ソラさんたちパーティーは少人数で二十階を突破出来るほど優秀なんですよ。わざわざ今の生活を手放す必要がないということです」
「で、でも!」
反論しようとして、周囲の皆から冷めた目で見られていることに気付いたのか、言葉を呑み込んだ。強く握られた拳からは、きつく結ばれた口からは複雑な感情が伺えた。
「あの子も普段は優秀なんですの。ただ商機が絡むとちょっと暴走するのですわ」
ちょっとした暴走にしては度が過ぎている気がするが。
「けどあの商会か。聖王国以外のところでも、色々問題を起こしてそうだな」
「どうでしょう? 商会の会長さん、ヒノちゃんのお父様をはじめとした幹部の方たちは結構腰が低いですわよ」
「それはレイラが相手だからじゃないのか?」
「そんなことありませんわ。トット君たちに対しても変わりませんわ」
むしろ娘が迷惑を掛けてないか、恐縮して謝る姿を何度も目撃しているらしい。
逆にその姿を見ているから、反発してあんな態度を取っているのかもしれないとも言っていた。
「これで今日は解散ですわ。で、これからのことなのですが……」
金貨千枚と希望の灯はこのまま学園に戻るらしい。
レイラたちは……夕食をご馳走することになった。
ただ借家に帰る以上、別に俺が料理をするわけではないんだけど。もちろん人数が増えたら手伝いますが。
座る椅子は、一応お客様が来た時ように増やしてあるから問題ない。
戻ってきたのは昼過ぎだから、今から戻ってタリヤに伝えたら大丈夫だろう。肉が足りなければアイテムボックスから出せばいいし。
レイラたちは一度学園に戻って着替えてくるそうだ。一応お風呂にも入りたいとか言っていた。確かに浄化魔法をかけていたとはいえ、ダンジョンの環境が環境だったしな。服とかに臭いがついているとも限らない。
俺が確認すればいいって? 犯罪者認定されるだろう?
もちろん近付かれた時に確認した限りでは、不快な臭いを感じはしなかったが、それを口で説明するのも、ねえ?
「ヒカリたちも帰ったら先にお風呂がいいかもな」
俺の言葉にヒカリは静かに頷く。
ただ今回はあまり出番がなかったから、暇を持て余していたからな。罠の確認も交代でやっていたから、ただ歩いている時間が長かった感じか。もちろん警戒はしていて気を張っていたようだけど、武器を振るったのは最初だけだったから。
逆に魔法職のミアとクリスは忙しかった。
ヨル以外の魔法使いが結構魔力切れを起こすから、回復するまでの間交代することになった。これは魔力の運用の差が出た感じか。
向こうの子たちは言わば一度使うごとに、100パーセントの力で魔法を撃っていたけど、クリスたちは消滅させるに必要な魔力だけを籠めて放っていたようだ。
それを見て皆驚き、最後の方には尊敬の眼差しを向けていた。
たぶん、純粋に魔力が高く凄腕の冒険者というイメージを抱いたに違いない。
ちなみに俺は魔法を撃たせてもらえなかった。どうやら騎士団の前で見せた、魔法音痴具合が結構広まっているようだ。
借家に戻ると、商業ギルドから手紙が届いていると言われて渡された。
封はされたままで、宛先が俺宛てになっている。名前を見るとドレットの名前が。
別れる時に頼んだ件だろうと思ったが、確か商業ギルドにも冒険者ギルドのような通信機能があったと思う。それなのにわざわざ手紙?
俺は皆がお風呂に入っている間、一度自室に戻り手紙を確認する。
手紙はこの世界では、届けるのが手間だ。それこそ運んでいる人が魔物に襲われたり、盗賊に襲われたりして、届かない場合だってある。
それなのにわざわざ手紙で送ってきたというのは、何かがあるかもしれない。あとで聞いたら、かなり割高だが、鳥を使った特急便というものがあると知った。
手紙の内容は……少し衝撃的なものだった。
何故わざわざ手紙で送ってきたのか。通信で頼むと、その内容はギルドの知ることになる。なので秘密にしたければ、直接それを伝えたい当人に伝える必要がある。
そして今回は、直接伝えなければならないと、ドレットは判断したんだろう。
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