第189話 マジョリカダンジョン 22F~24F

 二十二階に足を踏み入れた。

 確かこの階はゾンビウルフが出るらしい。上位種としてはダークウルフが出るとあったな。

 フレッドがここで聖水の切れた時にダークウルフと遭遇して、力技で狩ったことがあったと話していた。そのため聖水の用意を怠ったと悔し気に言っていた。


「見えてきましたわ。さあソラ、迎え撃つのですの」


 何か楽しそうだな。

 そして何故俺を前面に押す。見ると希望の灯の面々も数人前に押し出されている。皆男性だ。

 顔を見合わすと相手も訳が分かっていないようで首を傾げるばかりだ。

 そうこうするうちにゾンビウルフの姿が徐々に大きくなってきた。

 通常のウルフよりも遅いようで、まだ余裕がある。

 俺は剣を抜き、聖水を振りかけた。

 ゾンビなら火の魔法で焼き尽くすことも可能だけど、何故か魔法は禁止されている。あ、禁止されたのは俺だけだけど。

 いよいよその姿がはっかり見えると、まず気付いたのは走る毎に何かが飛び散っていること。あれは腐敗した肉か?

 次に気付いたのは異臭。く、臭い。

 何だこの臭いは。視線を横に向けると、同じように顔を青ざめた青年と目があった。なんか涙を浮かべている。

 やばい吐きそう。

 これ以上近寄られると本当に吐きそう。

 息を止めて一気に行くか?

 もう一度横を見たら、向こうも覚悟を決めたようだ。

 頷き合い、腰を低くする。妙な一体感が生まれた気がする。

 いざ! と踏み出そうとした瞬間、後方からファイアーアローが放たれてゾンビは一瞬で燃え尽きた。

 後ろを振り返ると、何故か皆笑みを浮かべている。悪戯が成功したのを喜ぶように。


「説明するよりも体験する方が分かると思いまして。ここの階からは臭いが酷くなるので、それにも注意ですわ。基本的に近付く前に倒すのが一番ですの」


 体験させるのはまぁ良いとするが、聖水を無駄にしたことに関しての言及はないのかな?


「あ、師匠。一応臭いを緩和するポーションがあれば楽になります。完全に臭いを消すことは無理ですけど」


 消臭ポーションだったか。ただこれは腐臭だけでなく、普通の匂いも打ち消してしまうとかあった。

 ここは飲むべきか。否、飲むべきだ!

 俺がアイテムボックスからそれを出すと、ヒカリに何故か止められた。


「どうした?」

「主は戦わなくていい。だから飲む必要はない」


 戦わなくても近付かれると臭いますが?

 助けを求めると皆もヒカリの援護に回った。何故?


「え、と。ソラは料理番だからですわ」


 確かに料理をする上で匂いは重要だ。舌だけでは分からない微妙なところを、匂いで補う場合もある。けどそれはそれ、これはこれだと思う。

 俺は手の中の瓶を見る。

 視線が痛い。ジッとこちらを伺うヒカリの。

 そもそもこれを飲んだ場合、食べた時はどうなるんだ?

 レイラに聞いたら、匂いは分かりにくいけど味はしっかり感じるようだ。

 けど料理には匂いも必要だから駄目と言われた。

 飲んだ人が分からないなら、匂いのない料理と思えばいいんじゃないだろうか? 気分の問題ですか、そうですか。味方はいないようだ。

 ただレイラたちも今はそれを飲んでいないと言う。この環境に慣れるためと言っているが、本当かな? 希望の灯の男性陣も疑惑の目を向けている。

 それでも前衛を張るもの(主に男性陣)は、飲んでおくように言われていた。確かにあの臭いの中、剣を振るのは至難の業だ。

 もっともゾンビは基本的に遠距離から火もしくは光、神聖魔法があれば簡単に倒せるため、比較的難易度は低いらしい。

 理由は魔法使いの多くが、火魔法を使えるからのようだ。

 時々いないパーティーもいるけど、それは消臭ポーションと聖水で頑張るらしい。もちろん聖水なしの攻撃で魔石を破壊したら倒せるみたいだけど、腐食した液やら肉やらが武器に付着して臭いが酷いことになるようだ。

 またゾンビは完全に魔法で全てを消滅させるか、物理攻撃だと魔石を破壊するしか倒す方法がないとのことだ。


「魔法使いが、正確には火魔法が使えないパーティーは、赤字覚悟で二十五階を目指すことになります」


 ヨルの説明では、いないパーティーは臨時で募集をかけるようだ。

 ただゾンビ系の魔物の魔石もそこそこの品質のため、それなりの値で買取がされている。

 そのため魔法学園の生徒に助けを求める冒険者もいるようだ。

 苦学生など、お金に困った学園生が、臨時で複数人で参加する姿も見受けられるようだ。魔法の訓練にもなるようだし。

 ゾンビの動きが遅いのも、倒すことに関しては倒しやすいというのがあるようだ。

 俺は魔法を交代で発動する魔法使いたちを横目に、ただゆっくり歩いて付いて行った。

 あまり前に出ると、集団で遭遇した時に少し臭いに苦しめられるからだ。

 二十三階で出るグールと、上位種のレブンナイトでも。

 二十四階で出るゴブリンゾンビと、上位種のダークゴブリンでも。危なげない戦闘で倒すことが出来た。

 上位種のダークウルフとダークゴブリンに関しては、ゾンビでないため普通に物理攻撃で倒すことも出来たけど、やっぱり耐性が高いようで、聖水もしくは聖属性魔法で攻撃する方が苦戦しなかった。

 上位種なのに複数回普通に遭遇したけれども、ボス部屋で出るようなキング系の上位種に比べたら、その戦闘力はかなり低いように思えた。

 確かにこれなら、ダークウルフと聞いたらこの階で戦える実力があるものなら、侮るのは仕方がないのかもと思ってしまった。

 それがただの油断であることは、間違いようのない事実なのだけど。


 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る