第172話 マジョリカダンジョン 18F・1

 朝食の準備をしていたらガヤガヤと音が聞こえてきた。

 どうやら一足早く十八階に下りるようだ。次々とMAPの表示から消えて行く。

 十八階で出る魔物はタイガーウルフ。厄介な魔物だけど、倒すとその分リターンも大きい。特に好事家にその毛皮は人気だ。

 ダンジョンでそれなりの数が討伐されているのにも関わらず、未だ買おうと希望する者が多いのは倒し方に問題がある。そう、毛皮の品質を維持したまま倒せる者が圧倒的に少ないのだ。

 もちろん冒険者たちもそれが分かっているから注意して倒そうとしているけれども、タイガーウルフがそれを許さない。手加減をすれば逆に、こちらが狩られる側になりかねないからだ。

 またそれを可能にする冒険者は、殆どがさらに下の階に挑んでいるため、やっぱり綺麗な毛皮が供給されるのは稀なのだ。


「次の魔物はタイガーウルフか~」


 ルリカの言葉に思い出すのは、初めてタイガーウルフと遭遇したあの時。

 強いと思っていたサイフォンたちでさえ、追い払うのがやっとだった相手だ。


「セラはタイガーウルフと戦ったことがあるのか?」


 口の中のものを呑み込み。セラが答えた。


「戦ったことはあるよ。あれは厄介な相手さ」


 まだ駆け出しだった頃。黒い森で襲撃されたことがあったとのことだ。

 その時はタイガーウルフ三匹に、三十人近くが命を落とし、負傷者も多く出たとのことだ。

 もちろん魔物はタイガーウルフ以外にもいたとのこと。また戦い慣れていない者も多かったのが、被害を拡大した原因だという話だった。


「あの頃はボクも未熟だったから。今だったら後れをとることはないと思うけど……」


 言葉ではそう言ってるけど、セラにしては珍しく自信なさげだ。

 もしかしたら最初に遭遇した時の印象が強く残っていて、想像以上にタイガーウルフに苦手意識を覚えているのかもしれない。もっともそれは俺にも言えることかもしれないけど……。

 その後に戦ったことがないのも原因の一つになっているようだ。


「洞窟内の罠を利用するにも、そこまで誘導するのも難しいだろうし。それにタイガーウルフに効くような罠がちょうどあるとも限らないし」


 タイガーウルフを狩る時に罠を利用するという話を、以前聞いたことがあったな。


「通路の幅がそれなりに広いとはいえ、多少は動きに制限があると思う。もちろん草原とかに比べてだけど。それを利用して倒すのが一番かな?」


 悩んだ末、ルリカはそう結論を出した。

 たぶん頭の中でシミュレーションしたんだろう。

 要はタイガーウルフの長所の一つであるスピードを殺して、自由にさせないようにしようという話だ。あとは素材のことは考えないで、倒すことを優先にしようという結論に達した。

 朝食を済ませて階段を下りた。

 階段を下りた先は十字路になっている。選べる道は三つ。MAPを見ると、正面と右側にそれぞれパーティーがいる。


「とりあえず左側に行ってみるか?」


 どうせならタイガーウルフとも戦っておきたい。魔石も欲しいし。

 ヒカリとルリカを先頭に、次にセラとクリスが続き、最後尾に俺とミアが配置された。クリスとミアに、セラと俺が護衛の形で付く感じだ。

 ウルフと違って、二人が狙われるとどうなるか分からないからだ。

 また今までと違って、俺一人で二人を守るのは難しいかもしれないということで、セラに下がって貰っている。

 しばらく進むと、先頭の二人が立ち止まった。セラの耳がピクピクと動いている。


「少し待ってみよう。ここは罠がないし、向こうから近付いて来てくれたら楽だから」


 ルリカの予想通り、曲がった先の通路の中間あたりに一匹いる。

 通路の中央を開けるように配置に付く。ただあまり壁には寄り過ぎないように注意する。一度ウルフが壁を使って三角飛びのように襲ってきたことがあったから、それを警戒してだ。

 MAPで確認しているけど、微動だにしないな。まさか寝ているとか?

 しばらく待っても動きがない。進むかどうか迷っていたら、緊迫した空気に我慢の限界が来たのか、ミアが少しよろけて地面の小石を蹴った。

 特に音が鳴ったように思えなかったのに、MAPの表示に動きがあった。ゆっくりと動き出し、こちらに近付いてくる。


「来るよ」


 簡潔にセラが呟く。声に硬さがある。

 足音一つしないのに、良く分かると感心する。

 ギュッと、ミアがスタッフを握るのが見えた。セラの話を聞いて、かなり緊張しているように見える。

 クリスも緊張しているのか、いつも以上に表情が固い。

 通路の曲がり角で、一度タイガーウルフは動きを止めた。

 死角になっていて、こちらからはちょうど見えない位置だ。

 距離として十メートルほど。トップスピードで襲われたら、あってないような距離かもしれない。

 なんか緊張してきたな。すぐそこにいることが分かっているから余計に。

 いつの間にか息を止めていたのか、息苦しくなって大きく息を吸って吐いた。

 その瞬間、それが合図だったようにタイガーウルフが飛び出て来た。

 俺は慌てて剣を構えなおした。

 まずはヒカリが投擲で牽制を、クリスが待機させていた風魔法を放ったけれども、軽々とその二つを避ける。前進しながら。ただ少し進路が変わった。

 中央を突破して肉薄すると、クリス目掛けて飛び掛かった。

 セラが素早く間に入って斧をクロスさせて押し返す。

 力に逆らわずに飛び退いたところへ、挟むようにヒカリとルリカが攻撃をする。

 タイガーウルフは身を低くして、二人の攻撃を避けた。その爪で受け止めることも出来たように見えたけど、前足を引っ込めて回避を選択していた。

 こちらの武器の脅威をその一瞬で理解したのかもしれない。特にヒカリの方は、魔力をしっかり籠めてから攻撃していたからな。

 最初の攻撃のあとは、その素早い動きに翻弄されていた。

 一度は囲むことに成功したけれども、すぐに立ち回りを変えて囲いから脱出する動きをみせる。そこを狙った攻撃も、巧みに躱してくる。

 最初の攻撃以降はヒカリも魔力を流す余裕がないのか、普通の斬撃で攻撃をしている。

 武器がミスリルとはいえ、ただの斬撃だとタイガーウルフは上手いこと弾く。幼いヒカリの腕力の低さもそうだけど、やはり短剣だと間合いも威力も剣に比べて低いからだ。爪や牙以外のところだったらダメージが通るのに、それは相手も分かっているから上手いこと躱す。ただの爪なのに、ミスリルに負けないとかどんだけ頑丈なんだ?

 それが分かっているのか、ヒカリも悔しそうに見える。

 どうにか隙を付いて魔力を籠めようとするけど、それを許すほど相手も甘くない。

 ルリカの攻撃は逆に躱す。致命傷を避けて、時々カウンターで反撃を仕掛けて、ルリカに牽制する。


「厄介だね」


 思わず呟いたセラに同意だ。

 俺も攻撃しているけど、攻撃が通らない。正確には当たらない。ヒラリヒラリと躱される。

 深追いするとミアを守ることが難しくなるため、あと一歩を踏み込むことが出来ないからだ。

 至近距離から不意打ち気味に魔法を放ったのに、それすら躱す。勘が良いのか、それともそれを察知する能力があるのか。

 対峙して分かったことは、予想以上に速い。

 それを理解しているように、タイガーウルフも俺とセラの間合いにはあまり入ってこない。ただ隙を見せたら、すぐにでも背後に控える二人を襲うような気配を感じさせる。こちらの弱点を分かっているかのように。

 不味いな。徐々に消耗させられている。

 魔法も味方が密集しているから使うタイミングがなく、巧みな動きに釣られて、特にヒカリとルリカの二人は動きまわされている。徐々に精彩が欠けていっているような気がする。


「セラ姉!」


 その時ヒカリが声を張り上げて、投擲ナイフを構えた。

 そしてそれをタイガーウルフの動きに合わせてセラ目掛けて投げた。

 乱心か! と思った矢先に、セラがナイフに向けて斧を投げた。

 それがちょうどタイガーウルフの近くで衝突して、爆発した。

 突然の爆音と爆風に曝されたタイガーウルフはバランスを崩した。

 そこにセラが肉薄して、残った斧を振り下ろした。

 タイガーウルフは悲鳴を上げて飛び退いた。

 視線の先には、前足を深く斬り裂かれたタイガーウルフの姿がそこにはあった。負傷したそこからは血が止め処なく流れてきている。

 憎々し気にこちらを睨んでいるような気がする。

 怒りに我を忘れたのか、セラ目掛けて飛び掛かろうとした時に、前足の支えが崩れた。

 ヒカリはそれを見逃さず、素早く短剣で首元を斬り裂き、戦闘は終了した。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る