第143話 マジョリカダンジョン 10F・1

 普段なら次の階に行くのに日が変わるような時間帯なら、休憩を挟んで翌日に下の階に向かうけど、ボス階の場合は事情が異なる。もちろん出る魔物によっては、下の階に下りる時もあるが。

 十の倍数にあるボスの階層は常に決まっていて、ボスのいる部屋と、セーフティーエリアの二部屋で構成されている。

 確かに階段下りたら即ボス部屋だと大変だと思うし、何よりあれだけ無限に湧くような階層で一泊するのは少人数パーティーでは辛いものがある。

 ダンジョンにも良心? があったんだと思う一方で、そのシステムが起こす弊害があるのもまた事実だった。

 それが今目の前で起こっている光景。いくつかのパーティーがボス部屋が空くのを待機して待っている。

 ボス部屋は一つのパーティーが部屋に入るとドアが閉まり、ボスを倒すか全滅するまで開くことがない。パーティーの戦力によっては半日以上戦う場合もあり、そのためタイミングによっては待つ時間が長くなる。という話だ。

 戦力によっては他の階層で稼いだ方が良いのでは? と思うが、それだけボス部屋で出る宝箱は魅力的であり、一攫千金を狙うことが出来る。ただもちろんそんなパーティーは白い目で見られる場合が多いけど、倒せる確率と命とを天秤にかけて挑戦する者は一定数いるのが現状だ。

 またそのため、ある商売が横行している。代行屋という者で、ボス部屋の順番を代わりに取るために寝泊まりする者だ。ギルドが把握しているか分からないけど、十階のボス部屋を利用する者は、最早殆ど固定されているため暗黙の了解となっている。とは、後で聞いた。

 それを知ったのは夕食を済ませ、ボス部屋への扉が開いて誰も入ろうとしないため挑戦しようとした時だった。


「悪いな、次にボス部屋を利用するのは決まってるんだ」


 そう言われて、待つこと三十分。飛んできたパーティーが声を掛けた男に料金を支払い、食糧を渡してボス部屋に入って行く。もう何度も繰り返されているようで、一連の動作に無駄はなかった。

 装置で一度戻った方が良いかもと思ったけど、今戻ると挑戦するのがいつになるのか分からなくなるため、留まることを選択した。それとも戻ってギルドに報告した方が良いだろうか? 一パーティーの進言は、口裏を合わせて封じられてしまうかもしれないか? 特に俺たちは新参者だし。

 結局その日は一泊し、その間もちろん見張りを交代でして、翌朝挑戦しようとしたらまた待ったがかかった。それが三度続き、今はボス部屋のドアが開いたまま誰も入ろうとしないまま一時間が経過した。


「なあ、誰も入らないなら行ってもいいよな?」

「駄目だ。次の順番が決まってる」


 男たちはニヤニヤと笑っている。


「だが誰もいないじゃないか」

「それがここの決まりでね。ルーキーは黙って決まりに従ってればいい。ああ、もちろん嫌なら引き返してくれればいいぞ。それともその女たちを一晩貸すなら考えなくもないけどな」


 舐めるような視線がミアたちを向けられる。

 おお、背後から殺気が。それを向けられる男たちは涼しい顔だ。気付いてないとも言うんだろうけどな。


「これはギルドも知ってるのか?」

「さあ? 問題になったことはないな。なあ」


 同意を求める男との声に、周囲の男たちが頷く。


「ならギルドに報告だな。今まで入っていたパーティーの奴らは見かけたこともあるし、お前らの名前と一緒に報告させてもらうよ」


 鑑定して心のメモ帳に記憶している。さっさと忘れたいところだ。


「ほう、それは俺たちを脅そうっていうのか?」


 剣吞な雰囲気になった。


「いや、脅すも何も。別に俺たちはお前たちに何も要求しないし、事実を報告するだけだが?」


 一発触発、と思われた時に次のパーティーが飛んできた。


「ん? 何かあったのか?」

「いや、旦那。実はですね……」


 少し年配の冒険者だな。装備はそれなりに整っているが、レベルは低い。ミアよりも低い奴らがいるんだが、どうなってるんだ?


「おいおい、ここは初めてか? ここにはここのルールがあるんだ。それを破られると困るんだよな」

「それは誰が決めたルールだ? ギルドか? それともお前か?」

「クソガキが。年長者になんて口ききやがる。俺たちはランクB冒険者だ。分かってるのか? 潰すぞ」


 男の言葉に周囲が湧く。しかも自分は強者だと信じて疑っていない態度。ここのギルドは大丈夫なのか?


「まあ、俺たちも寛大だ。その女たちを貸すなら先に入ってもいいぞ? もちろんお前一人でだがな」


 笑い声が上がり、すぐに静まり返った。

 ゴンと重い音がして、目の前の男が消えた。正確には吹き飛ばされて、壁に激突。気を失っている。

 男が元居た場所にはセラが佇み、斧を振り抜いている。腹の部分で殴ったのか。刃の部分だったらスプラッタな光景が広がっていただろうしな。

 セラが無言で睨みつける。怯んだように男たちは一歩後退した。

 ん~、これは昨日の夕食時に、ポロリとルリカとクリスがそろそろマジョリカに到着するかもしれないな、と零したのが原因か?


「セラ……」


 声を掛けるとハッして振り返って目を伏せた。

 別に攻めるようなことは言わないよ? むしろ俺も怒り心頭ですから。


「さて、どうしたものか。待たされてイライラしてきたし。潰すんだっけか? なら俺たちもその権利を行使しても問題ないよな?」


 睨みつける。さらに二歩。男たちが後ろに下がる。


「ヒカリ、こういうのはどう思う? 例えば目の前に気に入らない奴がいる。ああ、ここはダンジョンで目の前にボス部屋がある。武器を全て破壊して、回復ポーション類を全て取り上げて、さらに食料を全て奪う。どうなるかな?」

「別に、自業自得」

「そうか。自業自得か。なら問題ないよな。特に今飛んできた奴らは、三日間飲まず食わずを我慢すればいいだけだしな」


 さらに睨みを強くする。うん、なんか震えてるな。立場が分かったんだろう、ガタガタ震えている。


「なあ、次、ボス部屋を使うのは誰だ? お前か、それともお前か?」


 それぞれのパーティーに尋ねたら違うと言われた。なら俺たちが利用しても問題ないな。


「ああ、それと、ドラクだったか? 俺たちは先に行くが、半日以内に戻って来てギルドに報告しろ。お前たちが今までしてきたことを、だ。俺も先に行って説明はしておくがな。もちろんお前がいつからここにいるか知らないから、あの装置をいつ使えるかなんて分からないけどな」


 捨て台詞を言ってボス部屋に入る。

 背後で何事か声がするが無視して問題ないだろう。

 四人が中に入るとドアが勝手に閉まって行く。

 どこで判断してるんだ?

 ドアが閉まりきると、やがて床に魔法陣のようなものが走り、室内は眩い光に包まれていった。

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