第141話 マジョリカダンジョン 8F
十階までの階層で、冒険者が苦労するのが八階からになる。
七階までは基本的に単体、多くても五体以下での戦闘になるけど、八階からはそうはいかない。
八階に出る魔物はウルフ。変異種が混じる時があるようだけど、注意するのは集団で行動している点だ。最低でも五匹以上が群れて行動している。その殆どが十匹以上で襲ってくると、資料にはあった。それが連続して続く場合があって、冒険者を休ませない波状攻撃をしてくることもあるとか。
「ヒカリは魔力の使い方が上手くなった。今度からは持続時間に注意するようにな。常に魔力を流していると、魔力切れが起こると思うから」
「うん、注意する」
「ミアはヒカリとセラの動きを注意しながら、ホーリーアローの援護を狙ってみてくれ。ただそればかりに注意して、接近に気付かないのは駄目だ。戦場を広く見る視野を身に付けような」
「頑張ります」
そんなに力まなくてもいいからな。偉そうに指示を出してるけど、俺も素人と大差ないから。
「セラはそうだな。魔力の流れは分かるようになっただろう?」
「主様、分かってもボクでは使えないよ。武器に流すだけで息切れするから」
確かにセラの、もしかしたら獣人がかもしれないけど、保有する魔力量は少ない。これから訓練したとしても、爆発的に増えることはないかもしれない。
「確かに今のセラの魔力量だと武器に魔力を流すのは難しい。だからそれを武器じゃなくて、自分自身に流したらどうだ?」
「どういう意味だい」
「そうだな。眼鏡を掛けてちょっと俺を見てくれ。いいか? いくぞ」
俺は魔力を循環させる。血液が流れるように、体中に魔力を行き届かせる。
その状態で剣を構え、素振りを行う。体感だけど、普通に振るよりも速くなっている、と思う。
「主、いつもよりも速い」
どうやら間違っていないようだ。体が軽くなる感覚があったから、そうじゃないかと思ったんだ。
「魔力は武器に流すだけでなくて、自身の身体能力を向上、強化させることも出来る。これは武器に流すよりも使う魔力が少なく済むから、セラはこっちを覚えていくといいかもしれない」
「筋力が今よりも上がるような感じ、かい」
「そういう認識でいいと思う。ただ常に使い続けると流石に魔力は枯渇するし、あとはどれぐらい向上するかを把握する必要があるな。どれぐらい差があるか分からないが、通常よりも素早く動くことで魔物との接近するまでの時間が変わったりと、色々と違いがあるだろうからな。最初はむしろ戸惑うかもしれない」
「確かにそこを把握しないと使えない。連続して使った時の限界時間とかも把握しておく必要もありそうだしさ。ただボクにも有効であることが分かっただけでも良かったよ。正直羨ましかったからさ」
二人の成長を見て、羨ましくもあり、焦っていたのかもしれない。それと同時に、まだまだ強くなれることが分かって嬉しいのかもしれない。
強ければ、守れるものがある。それを誰よりも知っているからだろう。
翌朝八階に進んだ。
少し進むとウルフの唸り声が何処からともなく聞こえてきた。
それも一匹じゃない、複数だ。
ダンジョン内でその行為は自分の場所を知らせるため悪手だと思うけど、魔物だからそのように考えることがないのかもしれない。
逆に分かってて、唸り声で存在を意識させることでプレッシャーを与えて、こちらの消耗を狙っているのかもしれない。
思考の袋小路だな。こんなことを考えている時点で、何者かの思惑に踊らされているのかもしれない。
徐々に声が近付いてくる。前を歩くミアも緊張しているのか、横顔が強張っているように見える。
セラが立ち止まり様子を伺おうとして、足音が響いた。
向こうもこちらの存在に気付いていたのか、足音を発てて、唸り声を上げながら通路の向こうから雪崩れ込んでくる。
セラは少し後退し、向かって来るウルフに斧を振るう。左右二つに握られた斧は、別の生物のようにそれぞれに襲い掛かる。
いつ見ても不思議な動きだ。俺が二刀流で戦おうとすると、右手で攻撃する時は左手の方が鈍ったりと、上手く攻撃出来ないんだよな。それをあんなに自由に動かせるなんて、目の当たりにすると感嘆しかない。
並列思考を使っても二刀流を使いこなせないというのに……。別のスキルが必要か?
ウルフの奇襲は、セラの奮闘により防ぐことが出来た。
その後は不用意な攻撃をしないで、連携しながら攻撃してくる。
けどそれを冷静に一匹ずつを各個撃破することで、その数を徐々に減らしていく。
計七匹を倒し、残りは八匹。最初は十五匹いた計算か。
半分が既に倒されたのにもかかわらず、ウルフの戦意はなくならない。むしろ逆に唸り声は大きくなり、威嚇は激しさを増す。
その時、気配察知が後方から近付く一団を捉えた。足音を消して、息を殺して、静かに近付いてくる。
「ヒカリ、ミアの護衛を頼む」
振り返り剣を握る。
ウルフ以外に気配はない。なら派手にいっても問題ない。
魔法はイメージ。通路を覆いつくす、全てを燃やす炎。
「ファイアーストーム!」
放たれた炎が地を這い、宙を覆い、通路を埋め尽くす様に前進する。
突撃してきたウルフを全て呑み込んでも勢いは止まらず、突き当りで激突して爆炎を上げて、やがて消失した。そこにはウルフ一匹の死体も残らず、まるで最初から何もなかったような光景が広がっていた。
出来るとは思っていたけど危険だな。範囲攻撃を使う時には注意が必要か。
その光景に戦意を喪失したのか、セラは目の前の、動きの鈍くなった八匹を流れるような動作で瞬く間に撃退した。
そして今、俺は正座をしている。
目の前には腕を組み、仁王立ちしたヒカリがいる。
「主、何か言うことはない?」
「すいません。調子に乗りました」
高威力の魔法を考えもなく放った結果。全てを燃やし尽くした。奇襲をかけた魔物は全て倒した。が、素材は塵一つ残らず燃え尽きた。
なので怒られています、ハイ。
「主様も、たまには全力を出したかったんだろうさ。許してやりなよ」
大人な対応だ。ありがとう、セラ。
「だけど注意してくれよ。あんなの当たったら、ボクたちだって無事じゃ済まないんだからさ」
ごもっともな意見です。
「けどあの連携を見ると、ウルフが唸り声を上げていたのは、他の仲間を呼ぶためだったかもしれないよ。ここの階層も一筋縄ではいかないかもさ」
無駄だと思っていた行動が本当は意味を持っていたと。魔物の連携も侮れないな。
より一層気を引き締めて、階段を探した。結局一日掛けて歩き続けて、九階への階段を発見した。
その間、ウルフの群れには七度遭遇し、襲撃された。
計一三〇匹のウルフが、アイテムボックスの中で永遠の眠りに付いています。
拡張されたアイテムボックスの容量は、まだまだ余裕がありそうだった。
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