第133話 マジョリカダンジョン 5F・9
その惨状に、冒険者の一人が声を上げた。喚き声を上げ、その場から逃げるように森の中に飛び込んだ。
誰もそれを止めることはしない。誰も、目の前の敵から目を離せない。
「主様、なんか手は残っているかい?」
「一応対策は準備してある。けど一発勝負になるかもしれない」
「分かった。出来るだけ注意を惹くけど、主様が動くとミアの護衛がいなくなるけどどうする?」
ミアに視線を送る。顔色は悪いな。いっそここから離脱させる方が安全か?
「私は大丈夫です。あ、あの。むしろあの人を治療した方が良いと思います」
負傷した魔法使いのことを言っているのか? この状況になっても、あくまで他人を心配するのか。
俺は正直……三人さえ無事ならと思っていた。
「セラ姉。足止め出来る?」
「ヒカリ?」
「向こうに合流して、ミア姉を守って貰う。私も守る。だから主、お願い」
セラを見ると頷いた。
覚悟を決める時か。
「セラ、頼む」
セラが駆け出した。
続いて俺たちも走る。
セラの一撃を、シャドーウルフは避けた。影の鎧が復活しているのにもかかわらず。逆に自身の攻撃の他、影による攻撃を織り交ぜてセラを襲う。
明らかに影の使い方が向上している。身体能力が高くても、連続した攻撃にさらされたらセラも息切れをしてしまう。
ミアが走りながらホーリーアローを放つ。影で防ごうとしたが搔き消し、勢いそのままにシャドーウルフに向かっていく。
しかしそれを予想していたように、慌てず回避する。ホーリーアローを影で受けたのも、改めて確認したようにも見えた。
セラが連動して動きを妨害しようとしたけど、それにも対応してみせる。明らかに戦い慣れしてきている。
フレッドたちと合流し、ミアは負傷した魔法使いにヒールで治療を施している。
「まだ戦う意志はあるか?」
呆然とセラとシャドーウルフの戦いを見ているフレッドに尋ねる。
声を掛けられたフレッドは我に返ったように振り返る。目が死んでる。負け戦を覚悟したような、諦めに似た目だ。
「まだ、抵抗するのか?」
振り絞ったような声だ。副音声で早く楽になりたいと聞こえてきそうだ。
「効くか分からないが手が一つだけ残っている。そのためには俺が奴に近付いて攻撃する必要がある。ただそうなるとミアを守るのがヒカリだけになる」
「俺たちに守れと言うのか?」
「ここに連れて来たのはお前たちだろ?」
「それはそうだが……」
「最初から諦めるならそう言ってくれ。俺たちは危険を冒してまで一緒に行動してきたんだ。無理なら今すぐ、そいつを連れてこの場から去ってくれ。はっきり言って邪魔だ」
いなくなれば戦いの幅が広がる。むしろ戦いやすいかもしれない。どうやって倒したか聞かれるのは面倒だが。
「分かった……俺は残る」
「フレッド!」
「確かに無責任だ。俺たちが頼んでここまで来て貰ったようなもんだ。お前たちは退避してくれ。もしかしたらギルドの救援が来るかもしれない」
自分で言ってて可笑しかったんだろう、フレッドは笑った。だがその表情は、何かを吹っ切ったような清々しさがあった。
去っていく音が背後から聞こえるが振り返らない。
「それで作戦は?」
「守りに徹してくれればいい。ヒカリ、ポーションは残っているか?」
「うん、大丈夫」
「ミア、マナポーションは大丈夫か?」
「大丈夫。あまりあっても飲めないよ」
ミアは笑った。違いない。
それに冗談を言う余裕があるならまだ大丈夫だ。ただの
「影の攻撃は追い払う感じでいいと思う。ミアは……ヒール優先の方がいいかもな。ホーリーは余裕があったら、というか危ない時に影を散らすつもりで撃つんだ」
一応結界を張っておくか。三人分。MPが空になるな。マナポーションを飲んで突撃だ。その前に予備の剣を取り出し腰に装着。すぐに出せるとはいえ、アイテムボックスから取り出すと一手遅れるからな。
準備は整った。セラとは別方向から近付く。
予想通り影で牽制か。脅威度からすればやはりセラが上か。もしかしたら影の鎧の上からの打撃で、多少のダメージが入っていたのかもしれないな。実際受け止めようとしていない。
セラに多くの意識を割いてくれる、好都合だ。懐に入るまで油断していてくれよ。
伸びる影を破壊する。攻撃に、というか自分だけに集中出来るから負担が少なくてすむ。
戦闘狂というわけじゃないはずなのに、高揚感がある。
これは、これは、ストレスが溜まっている証拠か!
無駄に並列思考が活動しているな。愚痴の方面で。
と、パターンを微妙に変えてタイミングをずらしてくる。
危ない危ない。けど向こうも苛立っているみたいだ。
少し集中力が乱れ始めているのか、攻撃の精度が下がったような気がする。
学習して戦闘能力を向上させているということは、戦闘経験が極めてないといこと。生まれて間もないということもあるだろうけど、元々の能力が高かったから、これほど長時間戦闘をしたことがないのかもしれない。
魔物と人は違う。その生態は謎だ。誰かが研究しているなら是非確かめたい。
セラの攻撃がヒットした。影の鎧で受け止めたけど、勢いが殺せず後退した。
俺は斬り付けたがビクともしない。魔力を流しているはずなのに、表面が少し削れただけだ。影と本体とはその強度が違うようだ。
攻撃力の底上げは出来ているはずなのに。
反撃の影による攻撃は剣で弾く。守りに入ると無理な体勢で受けることが多いから、一撃一撃で消耗するな。踏ん張れないから無理に腕だけで振るから疲れるのか。
剣が弾かれた。追撃に対してガードが間に合わない。
一撃喰らう覚悟で歯を食いしばると、一転シャドーウルフが回避行動を取った。
目の前に輝く矢が通過した。
ミアの援護か。無理をするなと言ったのに。
しかもその攻撃で標的が変わった。
地を這うように疾走する。ミアたち目掛けて。
遅れた。
セラも追うが俺よりも距離がある。
本気の走りだ。あれは自身を一つの弾丸のように見立てて、体当たりで吹き飛ばす気か。
俺は投擲用のナイフに魔力を籠めて投げる。
軽く弾かれたな。しかもスピードが落ちもしない。
フレッドが突撃を止めようとミアたちの前に立ちふさがる。
剣先が震えているな。けど覚悟をした目だ。
接近する。ぐんぐんと距離が詰まる。
間に合わないか。
そう思った時に、再びミアが魔法を発動した。
収束が上手くいっていない。魔法が飛び散り霧散して広がる。
しかしそれが功を奏した。
初めての出来事にシャドーウルフの足が鈍った。霧散したのを範囲攻撃と勘違いしたのかもしれない。
届く。
魔力を強めて思いっきり斬る、違う、剣を叩きつける。ソードスラッシュのスキルの上乗せで威力もスピードも上がっている。
影の鎧の確かな手応えを感じた。
思わず、と言った感じで悲鳴が上がった。
振り返った目が合う。憎々し気に睨んでくる。
いいのか? 敵は俺だけじゃないぞ。
セラが追い付き足を斬り裂く。力任せの一撃だ。
さらなる悲鳴が上がる。
追撃にもう一撃入れようとしたら、死角外から伸ばされた影に剣が弾き飛ばされた。
唸り声を上げたが、それをかき消すようにセラが追撃を行う。同じ位置にもう一発か、容赦ないな。
意識が完全に俺から外れた。
腰の剣を引き抜く。魔力が一気に吸い込まれる。制御出来ていない。このままだとMPを全て吸い取られてしまいそうだ。と、同時に神々しい光が剣を包む。
嫌な波動を感じたんだろう。すぐにシャドーウルフが回避行動を取ろうとして、動きを止めた。
セラは一撃を入れただけでなく、斧で足を拘束している。移動できないように二本の斧を交差させている。
狙うは首元。
相手もそれを察したのか、影の鎧の防御面を集中させて厚みを作った。
本能の為せる業か、ここに来て相手もさらにワンランクレベルを上げた戦い方をしてきた。
だが残念。これは特別性。振り下ろしたそれは白い軌跡を残して、影の鎧を斬り裂き、防ごうと伸ばした腕も斬り裂き、勢いそのままに首を刈り取った。
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