第132話 マジョリカダンジョン 5F・8

 一言で言うなら、学習している。

 シャドーウルフの行動からはそんな印象を受けた。

 実際に時間が経つに連れて、動きは洗練され、こちらを殺すために最適な動きを見せるようになった。

 まず攻撃の受け方。セラの攻撃は常に回避行動を取る。フレッド他三名の攻撃は回避もしくは爪で防御している。残り四名の攻撃に対しては防御すら取らず、カウンターで逆に攻撃してきた。

 一人がそれによって戦闘不能になった。

 相手によって、自分がダメージを受ける受けないを理解した動きだった。

 フレッドは攻撃の通らない三名を後退させた。無駄に被害が増えるだけだからか。


「フレッドから伝言だ。我々がこいつらの護衛に回る。君はそちらのお嬢さんの護衛をそのまま頼む。三手に別れて、攻撃してくれとのことだ」


 手札を増やしたいってことか。それもミアの攻撃を脅威と認識、学習していれば、注意を惹くことでシャドーウルフの行動を制限させ、セラたちの攻撃の援護になるかもしれない。

 狙いはそこか?


「主、駄目だった」


 移動しているとヒカリが合流してきた。

 最初の一撃こそ傷を付けることが出来たけど、警戒したシャドーウルフ相手には攻撃を当てても傷を付けることは出来なかった。

 原因はヒカリの力量。あれほど激しく動く相手だと、魔力を練りながら攻撃をしても上手く魔力をコントロールして維持することが出来なかったため、攻撃する時に魔力が霧散してしまいダメージが通らない。


「ならヒカリもミアの護衛に回ってくれ。影の能力が復活するかもしれない。あれがあると、一人だとミアを守りきれないかもしれないんだ」


 魔力察知で視ると、シャドーウルフの体の奥の方に小さな魔力の揺らぎがある。

 先ほどまで微動だにしていなかったのに、まるで心臓の鼓動のように小さく動き、怪しい波動を放ち始めた。それが徐々にであるが、広がってきている。復活するのは時間の問題かもしれない。

 復活を阻止するにはもう一度ホーリーアローを当てる必要があるけど、果たしてそれを許すかどうか。

 三方向に広がり、配置につくとそれぞれのタイミングで魔法を放つ。これに対してシャドーウルフは一貫して回避行動を取っている。防御に割く時間が増えるから、こちらは攻撃の回数が増える。

 それもすぐに対処をし始める。前足で地面を削ると、土や小石を弾いて煙幕代わりにしたり、大きく距離をとって魔法使いたちを各個撃破するために動き出す。

 そうなると逆にこちらの手が足りなくなってくる。防衛にあたっている冒険者は明らかに格下。魔法は一見有効に見えたけど、近付かれてしまえばなす術もなく倒されてしまった。

 まず狙われたのが護衛一人、魔法使い一人の組み。接近し、魔法を躱したらそのまま腕を振るって護衛を沈めると、魔法使いは嚙み殺された。悲鳴を上げる間もない、敵ながら鮮やかな手並みとしか言いようがなかった。

 次に狙われたのは比較的近くにいた俺たち。ミアがホーリーアローを連発するが、大きく回避して近付いてくる。狙いは明らかにミア、俺のことは認識されているか怪しいが、この際それは大した問題ではない。

 ミアの前で剣を構えると、静かに魔力を流す。初見の相手だからか、一目見るとスピードを緩めたけど、再びのホーリーアローの飛来を躱すと急接近してきた。

 次の魔法発動前に、俺もろともミアを殺そうと腕を振り下ろしてきた。

 俺はそのタイミングに合わせて剣を振るう。速度の乗った一撃に弾き飛ばされそうになったけど、重心を下にして踏ん張る。爪と剣の接点から火花が散り、押し負けないように力を入れる。

 その交差は一瞬だったけど、シャドーウルフはすぐに背後に飛んだ。死角からセラが援護してくれたからだ。


「主様、大丈夫かい?」

「ああ、助かった」


 目の前のシャドーウルフは忌々しそうにこちらを睨んでくる。セラがいるからか、それとも一撃で仕留められなかったからか、追撃はなかった。

 手の中の剣を見ると、魔力でコーティングしてたからか刃こぼれ一つない。けど手は痺れて、少し力が入らない。もう一撃受けていたら危ないところだったかもしれない。

 その時、唐突に、シャドーウルフが声を上げた。もちろん言葉の意味なんて分からない声。けどそれは歓喜の声のように聞こえた。

 表情からもそれがうかがえた。楽しそうな、嗜虐しぎゃく性を感じさせる、背筋がゾッとするような笑みを浮かべている。

 魔力が、満ち満ちていた。


「セラ、影による攻撃がくるぞ」


 言葉と同時に影による攻撃が遠距離から飛んできた。

 狙いの定まっていない適当な攻撃。数をばらまいたような雑なものだった。それは俺たちだけでなく、自身を中心に広がるように無差別に伸びた。

 ミアを背後に庇いながら、目の前に迫るそれに剣を合わせる。先ほどの爪による一撃ほどではないけど、ずっしりとくる一撃だ。けど魔力を流した攻撃なら弾くことが出来た。セラのパワーを活かした攻撃でも破壊は出来ている。

 フレッドたちの方を見ると辛うじて防いだといった感じか? 魔法使いは腕を貫かれたのか痛みでのたうち回っている。致命傷ではないようだ。ただ一人の冒険者がその攻撃の前に倒れた。剣で防ごうとして剣が弾かれ、体勢の崩れたところを貫かれたようだ。

 これで残り九人。戦闘開始から五人の命が散ったことになる。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る