第131話 マジョリカダンジョン 5F・7
目まぐるしく攻守が交代する。
セラが斧を振るえば影の鎧が止め、影と連動した攻撃をシャドーウルフが繰り出せば、斧を巧みに使って防ぎ、素早い動きで避ける。
瞬き一つ許さない。
周囲で見守る冒険者は、その動きに付いていけず援護することも出来ない。
ヒカリも気配を消して隙を伺っているけど、手が出せずにいる。
ミアは息を吸うのを忘れるほど必死に影を追い、
「ミア、大丈夫か?」
目元に涙を浮かべながら頷く。
「少し深呼吸して落ち着け。一つ一つを目で追うのを止めて、一歩下がって大きな範囲を見る感じだ。例えばセラを見るんじゃなくて、セラを中心とした範囲を見る感じだ」
一見激しく動いているように見えて、セラは最小限の動きでそれほど多く動いていない。
シャドーウルフも本体はそれほど実は動いていない。操る影が派手な動きをしているから、それに惑わされている。
「ミア、外れてもいい。魔法の準備をするんだ。牽制だけでも、セラの手助けになるかもしれない」
本当は危険を冒して欲しくない。
そもそも魔法が当たるとも思っていない。
けど聖属性の魔法はシャドーウルフにとって弱点になる。
嫌な波動を感じ取って脅威と見なされれば、その矛先がミアに向けらえるかもしれない。
影の動きを俺は追うことは出来ている。
避けることなら出来るような気がする。
ミアを守れるかと言われると難しいかもしれない。
結界優先で防ぎつつ、セラの援護に期待するしかないかもしれない。
そのことは昨夜のうちに、ヒカリとセラには伝えてある。
もちろんミアにもリスクの説明はしてあるけど、それでも本人がやると言い切った。
なら後は出来ることをやるだけだ。
自然と握る剣に力が入る。
自分だけなら気が楽なのに、誰かを守るとなると、その責任が重くののしかかってくるような錯覚を覚える。
魔力が練られる。
予想に反して安定している。
覚悟が伝わってくる。覚悟の現れのように思えた。
セラの攻撃でシャドーウルフが弾き飛ばされた。
「ホーリーアロー」
そのタイミングでミアが放つ。
しっかりと形を成した、輝く矢がシャドーウルフ目掛けて飛行する。白いを尾を引きながら。
シャドーウルフはそれを咄嗟に影で払おうと伸ばしたが打ち消された。
遅れてそれを危険なものと瞬時に認識して、すぐに回避行動を取ろうとしたけど、それをセラが許さなかった。
一瞬の隙。意識外からのセラの攻撃を防ぐのに動きが止まる。セラの攻撃を受け止めることに成功したけど、遅れて届いたホーリーアローが影の鎧に被弾した。
劇的な変化が起こった。
影が剥され、シャドーウルフの体が剝き出しになった。
毛並みは普通のウルフよりも濃い黒色。もしかしてこの姿でダークウルフと間違えたのか?
それに一番驚いているのは意外にもシャドーウルフ本人のような気がした。
動揺で動きが鈍り、さらなるセラの追撃に慌てて大きく後方に飛んだ。
体勢を整えるために飛んだ先、そこには今まで存在そのものを途中から消していたヒカリがいた。
ヒカリは素早く接近し、撫でるように斬りつけた。
シャドーウルフは驚きを見せたけど、瞬時に反撃した。が、ヒカリは余裕をもってそれを躱した。
自分の受けたダメージを確認しているのか、警戒しながら斬りつけられた足を動かしていたがそれもやがて止まる。
そしてその向けられる視線の先にいるのは、ミア。
向けられた視線を受けて、ミアが一歩後ろに下がった。
そこに今まで出番のなかった魔法使いたちの魔法が襲い掛かる。
シャドーウルフは何やらまごついて避けるのが遅れた。
火炎魔法が被弾し、焦げたような跡を外皮の表面に残した。
影の鎧がなくても防御力は高かったようだけど、それでもダメージが通ったために動揺しているように見える。違うな、別の何かに動揺したような気がする。
それを好機と見た冒険者たちが接近する。
シャドーウルフは唸り声を上げると、一拍遅れて飛び掛かった。
フレッドは振り下ろされた腕を剣で受け止めようとして、後方に弾かれた。その隙に別の冒険者が斬りかかった。
まともにヒットしたはずなのに、攻撃が受け止められる。
影の鎧がなければダメージを与えらえるんじゃなかったのか?
それでも
弾き飛ばされた冒険者と入れ替わるように、今度はセラが接近して斧を振り下ろす。
避けられないと判断して腕でそれを受け止めようとしたけど、斧の一撃は肉を裂いた。
鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。
明らかに怯んだ表情を見せたシャドーウルフは、大きく飛び退いて自分の斬り裂かれた腕を見た。ジッと、時間が止まったように動きが止まる。
けど誰も追撃に動けない。
雰囲気が変わった、ような気がした。
明らかにシャドーウルフの放つ気配が変わった。
今までは何処か余裕を見せて、弱者をいたぶるような感じだったのがなくなった。
注意深く相手を見て、その一挙手一投足を見逃さないと睨んでくる。
セラが攻撃をしたけど、今までは避けもしなかったのに回避行動を行い、カウンターを狙って攻撃を放つ。直情的な動きもやめて、フェイントをおりまぜ意表をついた攻撃もしてくる。
ヒカリも攻撃のチャンスを伺っているけど、その隙がないため動けない。
魔法の準備をしているミアたちも、巧みな動きに翻弄されて放つことが出来ない。
冒険者たちを誘導し、壁になるような立ち位置を常に取っている。
その姿からは、最早油断も、傲慢さもなくなっていた。
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