第130話 マジョリカダンジョン 5F・6

 本当に前に進めないようだ。ヒカリが伸ばした手が途中で止まる。まるで壁がそこにあるみたいに。

 六階への階段は、大木の根元のぽっかり空いた穴の先にあった。普通に歩いたら気付かなかったかもしれない。こういう風に階段が繋がることもあるんだな。

 ここまで来て、この階層のMAPは七割が埋まった。結構歩いたな。魔物に遭遇したり、採取したりと真っ直ぐ進まなかった結果だ。

 この様子だとウルフは元いた領域に戻っている可能性がある。こちらの戦力は俺たち四人に、フレッドをはじめとした冒険者一〇人。うち近接系が八人、後衛の魔法使いが二人だ。

 先の戦いの作戦を聞いたけど、釣って誘導するのは難しいかもしれない。シャドーウルフが配下をあまり統制していないみたいだから、もしかしたら同じ手が通用するかもしれないけど、可能性は低いと見た方がいいだろう。圧倒的に手数が足りないから。

 そうなると必然的に近接戦闘メインになる。

 後衛は援護射撃程度で隠れて貰った方がいいだろう。隠れる場所がなければ距離を保つ必要がある。それなりに経験を積んでいるようだけど、複数のウルフに囲まれると対処出来ないかもと進言があった。後衛職だから仕方がないのか? 護衛に人を割くほど人員に余裕はないな。

 作戦としてはシンプル。まずはシャドーウルフが戦線に出てくる前に、いかにウルフの数を減らせるか。奴が出てきたらセラに対応を任せて、その間にウルフを倒す。

 最初にターゲットになったのがセラ以外だったら、そいつはセラが駆け付けるまで頑張って貰うしかない。運だな。それが無事終わったらシャドーウルフに集中する。隙を見て、ミアにホーリーアローを試してもらうが、こちらは過度な期待はしないようにしている。

 話し合った結果。色々と可能性を信じるという、ある意味神頼みになったからだ。数打てば当たるを信じてる感じか?

 まず一点が、セラの打撃が影の鎧を突破できなくても、ダメージが蓄積されるという可能性。もう一つが、影の鎧も魔法の一種と考え、連続使用による魔力の枯渇の可能性にかけるというもの。これはメイジ系の魔物が、魔法の使い過ぎによって魔法攻撃をしなくなるという経験から、フレッドたちが導きだした答えだ。

 どちらも持久戦になる、ことは間違いないだろう。もっともそれが本当かどうか……信じたい気持ちが強いんだろうな。

 フレッドたちの仲間に偵察に参加した者がいたため、その者に案内されてウルフたちの領域に近付いていく。

 MAPが埋まり、表示が更新される。魔力察知を使えば、一際大きな反応が一つある。総数は全部で五〇もいないようだ。

 森の際まで移動し、遠目でウルフたちを観察する。どうもシャドーウルフはこちらに気付いているようだが興味がないのか反応がない。周りのウルフはまだこちらの存在に気付いていない感じだ。


「まだこっちには気付いていないようだな」


 フレッドの言葉に周りの冒険者が頷く。本気か? ウルフの様子を見てそう思ったんだと思いたい。


「作戦通りにいく。魔法で注意を惹いて、その隙に接近するぞ」


 気合が入っているな。これが失敗したら終わりだと思ってるんだろう。

 シャドーウルフとの戦いに乗り気じゃないけど、倒さない以上脱出出来ない。半ば諦めの境地に至ったんだろうな。

 この短い期間じゃギルドの救援云々の結果が出るとは思えないけど、ボス部屋の仕様を理解しているから、そちらの方は元々当てにしてないんだろう。その点は潔いか。

 魔法使いたちが詠唱を始めて魔法の準備に入る。

 ヒカリとセラも武器の用意をする。

 俺も一応剣を鞘から引き抜く。

 隣に立つミアを見ると、顔面蒼白だ。一目シャドーウルフを見た瞬間から、体を小刻みに震わせている。

 俺だって、あれをこの世界に来た当初に見たらあんな感じだったに違いない。

 色々ありすぎて、感じるはずの恐怖心のようなものが麻痺してしまっている。あれ以上の存在が、そうそういたら問題だと思うが。

 俺は空いた手でミアの手を握る。ぎゅっと強く握り返された。その手は汗で濡れている。

 強く握り返した。大丈夫だと言う意味を込めて。震えが収まったような気がする。

 戦いは魔法の轟音を合図に始まった。距離があって心配したが、射程距離だと言うことだったので助かった。精度は流石に落ちるようだが。

 広範囲に展開された魔法は、ウルフに運良く直撃して数体が焼かれる。

 警戒態勢に入ったところに勝鬨かちどきの声を上げて冒険者たちが走る。何故?

 君らが注意を惹いてどうする。作戦はどうなった。

 そんな俺の心境をよそに戦いは継続される。

 冒険者たちの集団にウルフの注意が向き、ヒカリとセラがフリーで動けている。ある意味理想的な展開か?

 冒険者たちは堅実にウルフを一匹ずつ狩っていく。囲まれても大丈夫なように背後を互いに合わせて死角を殺している。

 ヒカリも無理はしないで、確実に仕留めてる。こちらはナイフによる斬撃で傷を負わせて、麻痺による効果が出るまで時間を掛けている。

 セラは一刀のもとウルフを両断している。圧倒的だが、それだと素材の価値が下がる。肉と牙以外は売り物にならないかもしれない。なんて考えても仕方ない。

 戦闘開始から三十分。最早ウルフに戦意はないように見える。

 だけど退かない。確実な死が背後に控えているからだろう。

 残りあと僅か。その時微動だにしなかったシャドーウルフが動いた。

 冒険者に襲い掛かったウルフもろとも、影を伸ばして貫いてくる。

 危険を察知したフレッドは指示を出し避けるように指示を出すが間に合わず、二人が巻き込まれる。致命傷は避けられたようだけど、手足に負った傷は深い。


「お前たちは下がれ。他は援護に回れ」


 檄を飛ばすけど、シャドーウルフの攻撃は止まらない。

 味方も敵も関係ないと言わんばかりに、影を触手のように伸ばして仕留めにかかる。もてあそんでいると言った表現が合っているかもしれない。

 力に溺れているというか、振り回されているというのか。理性的な行動とはとても思えないけど、その攻撃は圧倒的だ。

 ウルフは避けることも出来ずに次々と倒れ、冒険者たちは剣で弾いたりするけど、その数の前に防戦一方。小さな傷が蓄積されていく。

 このままでは倒される、と誰もが思ったその時に、攻撃が唐突に途切れた。

 見るとシャドーウルフに肉薄したセラが、攻撃を仕掛けている。

 影から伸びる攻撃は、まるで槍が飛び出るように鋭いが、それを巧みにかわし、斧で弾き、叩きつけるようにシャドーウルフ本体に振り下ろす。

 大きな打撃音が響くが、届かない。影の鎧に阻まれる。

 しかし勢いを殺すことが出来ず、シャドーウルフの体が後方に少し動いた。

 それまで余裕を見せていたシャドーウルフは怒り、歯を剥き出しにして唸り声を上げた。細めた目が、初めて敵と認識したかのように、セラを見る。

 セラは少し間合いをとって、仕切りなおした。

 二人の間の緊張感が高まる。

 見ているこっちにもそれが伝わってくる。

 その攻防のレベルの高さに、ただただ固唾を呑んで、冒険者たちはそこが戦場だということを忘れて立ち尽くしていた。

 

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