第127話 マジョリカダンジョン 5F(フレッド視点)
俺の名はフレッド。こう見えてもBランク冒険者。一流と言われるAランク冒険者にはまだ手が届かないが、堅実にステップアップしていると自負している。
そんな俺の元に依頼が届いたのは、二十二階から戻って休養している時だった。
なんでも五階に上位種が出現したらしい。ダークウルフという話だ。
わざわざ俺が出る必要もないと思うが、生憎と手が空いている者がいないらしい。ブラディーローズが確か長い遠征から戻ってきたと言う話だったが、学園を長期休んでいたから無理と断られたらしい。
結局顔なじみのBランクパーティーに、Cランクパーティーの計五〇人が集められて行くことになった。
過剰戦力だと思うが、ウルフの上位種が出現する場合、ウルフの数が爆発的に増えて集団を築くこともあるからこちらも数が必要になる。特に森での集団戦は厄介だ。出来れば外に誘い出したいところだ。
ギルドから説明を受け、緊急用の帰還石を二つ受け取る。五階側と、六階側のパーティーで一つずつ所持する。ちなみに俺は五階側の責任者になる。
ボス部屋には二〇人のパーティーでしか入れないが、今回は普通の階層だから二五人ずつのパーティーを組んだ。これは帰還石が二つしか支給されなかったのも理由の一つだ。
相談した結果。五階側の入り口にベースキャンプを構築しながら、ダークウルフの領域を探すことになった。記録で一階から入場したパーティーが一つあるらしい。万が一、五階まで来るようなら警告を出さないといけない。ちなみに五階以降に入ったパーティーは、ここ数日の記録では報告してきた冒険者たち以外はいないようだ。
ちなみにこの冒険者はCランクのボス部屋周回の常習者で、六階に飛び、いつものように五階に戻って素材を少し集めてからアタックをかけるところを遭遇したそうだ。結局六階に逃げ戻り、そのまま急いでボス部屋の前まで行き、戦わないで報告に来たそうだ。
十階まで行ったのは、六階の装置をすぐに使えなかったためだ。四階側を目指せばそっちの方が速い気もするが、階段を求めて壁際を歩いた場合、運が悪いと時間がかなりかかるからな。
どっちもどっちな気もするが、上位種のいるフィールドにいたくなかったというのが本音だろう。
準備を整えて朝一番でダンジョンに入場し、探索班とベースキャンプ構築班に分かれて作業を開始した。すると四階から降りてくる四人組がいた。この時間帯から来たということは、四階の階段近くで野営をしたといったところか。
しかし入場してもう四階まで通過してくるなんて優秀なのか? 仮面をした男一人に、奴隷が三人。戦えそうなのが男一人、獣人が一人。子供にもう一人の女はとても戦えるように見えないんだが……。
聞くとルーキーで、初めてダンジョンに潜ったと言う。上位種がいるからと警告をしたが、探索するとも言う。大丈夫か? 仲間たちもそれを聞いて複雑な感情を浮かべている。奴隷の女が三人。一人は子供だが、他の二人は見てくれはいい。嫉妬だな。きっと嫉妬しているに違いない。俺? もちろん悔しいですが何か?
そんな俺たち(男共)の気も知らず、能天気に森の中に消えていく。
おっと、合図の狼煙が上がったな。階段はあっち方向か。ルーキーたちの進む方向とは反対側だな。まずは狼煙を目印にその周辺を探索し、合流する必要があるな。こちらも合図の狼煙を上げる。ダークウルフが気付いて襲撃してくるかもしれないから、警戒は怠らない。
その後森から人が戻って来る。無事ウルフの集団を発見したそうだ。上位種は遠くからではっきり分からなかったが、確かに黒い毛に覆われた一回り大きなウルフを見たようだ。
決定だな。これで違うなんて言ったら……報酬は出るから問題ないか。損をするのはギルドだけだ。報告した冒険者にペナルティーはないかって? 悪質だと判定されたらもちろんあるが普通はない。そんなことやってたら誰も報告しなくなるからな。
「フレッド、こっちの準備はいいぞ」
合流を果たし、一日かけてウルフの活動領域の地形を調べ上げた。
ウルフがいる領域は開けているが、それを囲うように広がる森は木が密集している。武器を振るうのに長物だと邪魔をして実力を発揮出来ない奴もいる。
なので考えたのは足の速い数人が遠距離攻撃でウルフをおびき寄せ、こちら側に引き込むということだ。最悪森を燃やすことも考えている。森は奴らの得意フィールドだからな。
早朝。作戦を実行に移す。俺たちもある程度森に近付くが、距離は十分確保する。劣勢になった時に四階に逃げられるようにだ。だが目視確認した限り、ダークウルフ一匹に通常のウルフ一五〇匹。今回一緒した冒険者たちの実力からすれば問題なく狩れる数だ。
「はじまったな」
遠くで魔法の着弾する爆発音が鳴った。それを合図に弓矢による多面攻撃を行いこちらに後退してくる手はずになってくる。弓を扱える奴が多くいたのは運が良かったかもしれない。
走れば一時間かかる距離だ。待つしか出来ないのはもどかしいが、下手に動いて相手の得意な領域で戦うのは愚の骨頂。我慢するしかない。
音が徐々に近づいてくる。時々魔法の余波で木が倒れるような轟音が響く。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。森から冒険者が転がり出てくる。足の速いウルフの攻撃を避けながら全力でここまで来たのだ、疲労の色は濃い。
すぐに援護に向かい。飛び出してきたウルフを撃退。深追いはしない。これで相手が引き返すならアイテムを使って炙り出さないといけなかったが、ウルフたちは一度後退し、後発の部隊と合流して森から飛び出してきた。
予定通りの展開に口角が自然と上がる。
実力者たちの腕の前に、連携の前に、次々とウルフの数が減っていく。
ウルフも連携を見せようとするが、それを一つ一つ潰して実力を出させない。森の中ならこうはいかないが、地の利はこちらにある。
余裕だ。誰もがそう思った。俺もそう思った。
次々と仲間が倒されていき、ウルフにも動揺が広がっているように見えた。感情は分からないが、怯え、窮地に立たされているように見えた。
長年の経験から、逃走に入るかと思ったその時、空気が変わった。
森から一匹の黒いウルフが出て来た。その足取りはゆっくりだが、しっかりと大地を踏みしめている。
それを見たウルフは、絶望しているように見えた。何故? と思った瞬間、近くにいたウルフをそいつが殺した。
ウルフ種は仲間意識の強い種族だ。それは上位種でも変わらない。それなのに、そいつは、簡単に、まるで
唖然とする俺たちの前で、もう一匹を殺した。
それを見たウルフはこちらに向かって来る。全力で、まるであいつから逃げるように。
激しい抵抗を見せるウルフだが、それでも俺たちの敵ではない。一匹、また一匹と確実に仕留めていく。
だが悪夢の始まりは、ここからだった。
しばらく動きを止めていたダークウルフが動いた。
一番近くで戦っている、確かあれはCランクパーティーだったはず。連携が上手く、バランスのとれたパーティーだと評判だ。盾士が定石通り攻撃を止めて、その隙に後衛と前衛が連携をして相手を倒す。
そのはずだった。盾士は予定通りにその一撃をとめて、弓矢が飛び、剣が振るわれた。その攻撃は間違いなくダークウルフにダメージを与えるはずだった。
その全ての攻撃が弾かれた。傷一つ付かない。
誰もが皆、動きを止めてそれを見た。
ゆっくりとダークウルフが前足を振りぬいた。今度は腕から闇が伸び、盾と一緒に盾士の体を真っ二つにした。さらに驚きに固まる剣士に、足元から伸びた闇が、槍となって串刺しにした。
何だあれは、あんな攻撃。ダークウルフにはない。
それにあの防御力。ダークウルフにあれほどの硬度はない。
瞬く間にそのパーティーは蹂躙され、ただの物言わぬ者になった。
次に近くで戦っていたBランクパーティーが襲われた。
結果は先と同じ、抵抗らしい抵抗も出来ずに殺された。
「ま、まさかあれは、シャドーウルフ……?」
ダークウルフと似ていると言われている上位種だ。
何故誰も今まで気付けなかった。ダークウルフと聞いて、皆そう思い込んでしまったからか?
見分ける方法は確か……。
思い出す前に誰かが叫び声を上げた。
それを合図に皆が狂ったように逃げ出した。
恐怖が伝染し、立て直そうと声を張り上げたが駄目だった。
統制も秩序も何もない。逃亡。
何処に向かっていたか分からない。
背後から悲鳴が聞こえたが振り向かない。
ただ、ただ、走った。今はそれしか考えられなかった。
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