第122話 マジョリカダンジョン 2F

 この階はウルフが出現する。障害物がないのと、洞窟の狭い通路。といっても幅は五メートルあるのだけど、森で襲われるよりは戦いやすいと言われている。ただし、それはウルフの速度に付いていけたらの話だ。


「ミア、動きを良く見て。攻撃を防ぐことだけに集中すればいい」


 噛み付き攻撃に前足による引き裂き攻撃、あとは体当たり。攻撃は基本この三点のみ。速度に意識を奪われて慌てると、焦ってしまって対処を誤る。

 冷静に考えれば、守っている以上、攻撃は向こうから勝手にやってくる。だから慌てないで一つ一つ攻撃を潰していけば、守ることに専念すれば防ぐことは容易い。それが一対一であるなら。

 なので今の敵はウルフではなくてダンジョンの迷路。また袋小路に入ってしまった。


「一階は簡単に抜けられたのに……」


 ミアが倒れそうだ。他の二人にも疲労の色が見える。主に精神的に疲れて。


「一度ご飯にするか。そろそろお昼時だし」


 俺は手のひらサイズの丸い物体を見て言う。東西南北に印が付いていて、長針と短針が一本ずつ付いている。懐中時計を少し大きくしたような感じだ。

 機能は長針が時間、短針が日数を示している。これはダンジョンの中で昼夜の感覚が分からなくなるようなので、作った一品だ。

 特殊フィールドの五の倍数の階層だと昼と夜が切り替わるらしいけど、他は基本的に明るいか暗いかで環境は変わらないと、レイラからは聞いている。

 なので探索に集中しすぎていると、休息をとらずに無理をする場合がある。

 疲労は集中力の低下を招き、冷静な判断が下せなくなったりする。いざという時に体が動かなくなり、手痛いダメージを負うことだってある。適度な休息は大事。


「主、それは素晴らしい提案」


 通路の突き当りまで移動して、そこで調理を開始。火をかけて肉を焼いてスープを温める。既にカットしたものを容器に入れてあるから、手間はそんなにかからない。パンも既に焼いたものをアイテムボックスに入れてある。焼きたてを収納したからまだ十分温かい。ただ出来立てに比べると少し冷めている。


「いただきます」


 ヒカリは手を合わせて食事の開始の挨拶を言う。俺が言っていたら、いつの間にか覚えて浸透している。


「しかし不思議な場所だな、ここは」


 俺は立ち上る煙を目で追う。ゆっくりと天井まで浮かび上がった煙は、そのまま天井に吸い込まれるように消えた。かといって物を投げたら普通に跳ね返ってくるんだよな。


「他のパーティーにも全然会わないですね」


 スープを飲んで落ち着いたのか、ミアも周囲を見る余裕が出て来たようだ。

 もともと低層で活動している人が、今はいないようなんだよな。MAPには人が表示されない。

 ただ光の剣みたいに外から来る者もいるし、今日はたまたまなんだろう。


「皆もっと深い層で活動してるんだろうな。ただ帰るために入口を目指すパーティーもいるだろし、階段を目指していたらいずれ会うんじゃないか?」


 一階から十階までは初心者ゾーン。五階まで進んだ人が、一階から四階を再び利用するのは稀のようで、戦闘に自信のない初心者以外は、再利用しないようだ。

 ただしこの街で冒険者登録する初心者もいるにはいるため、時期によってはいないこともないらしい。主に学園の生徒が利用し始める時期とか。

 他には五階のフィールドで採取に力を注ぐ冒険者もいるし。ボス専門のパーティーもいて、十階に飛んでそのままボスを周回する者も多いと聞く。

 ただ稀に、八階と九階で壁にぶつかるパーティーもいるようだ。魔物の数が増えるからだ。正確には魔物との戦闘回数がと言った方がいいかもしれない。

 特に外からダンジョンに挑戦しに来る者に、その傾向が強いようで、もともと他の町や国でパーティーを組んでいると、五人前後が一般的だからだろう。

 ただここにも抜け道みたいなのがあって、ガイド、いわゆる護衛を雇って一気に突破する人もいるようだ。そういうことを商売にしている冒険者もいるって話だ。

 いわゆる魔物は余裕で倒せるが数で襲われると息切れしてしまう。そういうパーティーは八階、九階層よりも、十一階からの方が簡単に、安全に狩りをすることが出来たりするからだ。

 もう一つの理由は、大量に狩れても持ち帰れる素材には限界があるからだ。アイテム袋もない、収納魔法もない、そんなパーティーは安い素材よりも高級な素材を狙う。

 だから八階、九階で狩りをしても、持ち帰れない大量の素材を目の前にして諦めないといけなくなる。魔石も低ランク魔物だから安いのも影響している。それでも大量に狩れば利益になるが、好き好んでやる人はあまりいないようだ。

 もちろん地道に力を付けようとする者もいて、そういう人たちは気の合う仲間を探したり募集したりして、仲間を増やして攻略に取り掛かっている。

 その過程でクランに所属する者も増えていくようだ。


「今回は何処まで行くんだい?」

「最初の予定通り五階まで行って、そこで何日か滞在して戻って来よう。五階で薬草類を採取出来れば一番だな。六階の階段を見付けられたら尚いいけど、無理なら五階側の装置を使って戻ればいいしな」


 自作ポーションは売れるみたいだから、それで金策。問題は売り方なんだよな。流石に伝家の宝刀、旅の途中で仕入れたはいずれ使えなくなるだろうな。

 謎のポーション師爆誕か?

 それともアリバイ作りのために一度街を離れるのも手か?


「主、どれだけ持ち帰れる?」

「アイテムボックスは十分余裕があるから大丈夫だ。ウルフの二〇〇や三〇〇は問題ない、はず?」


 レベルが上がってから限界まで入れたことがないんだよな。Lv9になってまた拡張されたようだし。そもそもLv7、Lv8になってから限界まで入れた記憶がないんだよな。一度限界を見極める必要がありそうだけど、そこまで素材を貯めるのもな。

 セラは呆れた顔で見てくる。ヒカリ? 彼女の眼は輝いていますよ。ミアは体力の回復に努めてるようだ。


「ひとまず、夜ご飯までにこの階を攻略しような」


 食後の休憩中、ヒカリたちは地図を作成していた。定期的な変遷で内部構造が変わるとはいえ、簡易なものを作っておけば同じ道を行き来するという無駄を回避することが出来る。

 俺はその様子を一人離れて伺う。口出しするとつい、答えを言いたくなってしまうから自重する。為にならないしな。複雑な階や魔物が強くなる下の階層だったら、どんどん口を出すつもりだけど。

 その後準備が整い出発。作成された地図を見た限り、かなり正確に描かれていた。何処を回るかの話し合いも終わっているようで、迷った様子もなく進んでいく。

 その後二時間ほどかけて、二階の攻略は無事終了した。

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