第118話 マジョリカ・4

 翌日は予定通り、まずは装備を整えるために武器防具屋に向かった。

 身を守るための強度は必要だけど、動きやすさも大事。重いからと言ってそれで体力が尽きてしまっては元も子もない。

 ミアはセラたちの言葉を真剣に聞いて、自分にあったものを試着して探す。着心地と実際に動けるかを確認してるんだろう。サイズの調整はしてくれるそうだから、それもして貰う。金貨が数枚飛んだ。ミアはそれを見て複雑そうな顔をしたけど先行投資だ。頑張って稼いでもらいますよ?

 それにミア一人の装備でそれだけお金がかかった訳じゃないしな。


「主、お腹空いた」


 もうそんな時間か。女性の買い物? は時間が掛かるからな。機能面だけでなく、ビジュアルにも気を使っている。男の装備だと無骨なのが多いのにな。一応男性向けのは格好良い奴もあるけど。


「何か食べたいものがあるか?」

「お肉……」


 ヒカリの視線を追うと串焼きの露店があるな。タレの焦げる良い匂いが風にのって香ってくる。

 俺は四本頼み一本ずつ渡す。ヒカリはさっそく美味しそうに頬張っている。

 俺も一口。少し硬いが噛むと肉の味が広がって上手いな。口の中でタレと肉汁が合わさって倍増してる感じだ。セラも気に入ったのか満足そうだ。ミアは一口食べて、動きを止めている。


「どうしたんだ?」


 声を掛けたら我に返ったのか、もう一口ゆっくりと租借して、ヒカリの口元がタレで汚れているのを見て拭ってやっている。

 俺はそれを見て、先ほどまでミアが見ていた方に視線だけを向けた。ミアに勘付かれないように注意しながら。

 そこにはみすぼらしい恰好をした少女がいた。一人じゃないな。もう一人、少女の腕の中にさらに小さな子がいる。髪の毛がぼさぼさで、顔も薄汚れている。

 ミアは気になるのか、チラチラと盗み見ている。


「何か気になるものでもあるのか?」


 声を掛けるとミアは何でもないと言う。俺は食べ足りないであろうヒカリにお小遣いを渡し、何か追加で買ってくるように頼んだ。ヒカリはセラとミアの手を握り、引っ張るように露店に突撃していった。


「なあ、おっちゃん」

「ん? 追加注文か」

「悪いが違う。あれ何だか、多いのか?」


 俺は視線の先にいる、物陰でじっとこちらを眺めている子供について聞いた。


「そうだな。ここ近年増えて来た感じだな。領主様も孤児院を建てたりしているが、間に合わない感じだ。仮に建てても今度はそれを管理する者がいない。ダンジョンのお陰で人が集まり発展していったが、それ以上にここで命を落とす者が増えた感じだ。あれらはそれが残した遺児だな」


 裏通りを歩けばもっと目に付くと言われた。ダンジョンで荷物運びの仕事をする者もいるが、その仕事にありつけるのは極一部だと言う。

 それにあれだけ小さいと、荷物を持つには力が足りないから雇われることもないのだろう。


「それではあの子たちは、どうすれば良いのですか?」


 気付いたら背後にはミアがいた。ヒカリたちの姿はないから一人で戻って来たんだろう。


「どうしようもないんだ。俺たちみたいなのは誰かを養ってやれるほど裕福じゃないんだ。領主様やお貴族様がどうにかするのを、見てることしか出来ないんだ」


 仮に残り物をやったとしても、毎日それを続けることは出来ない。それに一度その味を占めると次も次もと求められるかもしれない。

 店主は自分が悪いわけでもないのに申し訳なさそうに言った。本当は力になりたいとは思ってるんだろうな。

 ミアもそれを感じ取ったのか、強い口調で責めたのを謝っていた。


「ミアはどうしたいんだ?」

「私は……」


 本当は助けたいんだろう。それは顔を見れば分かる。だけど自分だけの力で全ての人を助けられないのも分かっているから、悩んでいる。目の前のあの子たちを仮に救えたとしても、他にも同じような子たちはいる。

 悔しそうに唇を強く噛んでいる。痛いよそれは。


「主、どうしたの?」


 ヒカリが戻って来た。どうやらスープを買って来たようだ。二人の手にはそれぞれ器が乗っていて、温かそうに湯気が立ち上っている。

 俺はそれぞれ一つずつ器を受け取りミアを見た。


「ミア、どうしたい?」

「私は、出来たら手を差し伸べたい、です」

「……ならこれを持って行ってやったらいい」


 俺はスープを渡し、ミアに行くように言う。

 ヒカリは不思議そうにそれを見て、物陰にいる少女たちに気付いた。セラも気付いたけど、特に何も言わない。何も感じていないんではなくて、自分が奴隷の身だから遠慮して口をつぐんでるんだろう。


「いいのか、あんちゃん」

「あまり良いとは言えないが、見てしまったからな。それに二人ぐらいならどうにかなるかな?」

「そこは自信を持って、任せろというところじゃないのか?」

「俺はしがない商人だからな。と、二本くれ」


 俺が二本注文すると、おごりだとぶっきらぼうに渡してきた。人のことが言えないよ、おっちゃん。

 振り返るとミアに連れられた少女と……もう一人幼子がいた。


「俺は君たちに仕事を与えることが出来る。働く意志はあるか? 働くなら、住むところと温かい食事を提供しよう」


 なんか悪者みたいというか、誘拐犯みたいだな、俺。肉串を突き出してるところなんて、肉で釣ってるみたいだ。仮面をしてるから怪しい人に見えるのか、警戒心が強いな。

 少女と幼子はミアと肉串を交互に見て、ミアが微笑むと恐る恐る肉串を受け取った。受け取るとすぐにかぶりつき、一心不乱に食べている。そんなに急いで食べると喉を詰まらせそうでハラハラするな。


「主様、どうするつもりなのさ」

「借家を借りるよ。この子たちには家の管理を頼もうと思うが……出来るかな?」


 ヒカリよりも小さいぞこの子たち。


「そこは本人たちのやる気次第だと思うよ。生きるために必死な子ってのは、何が何でも頑張ろうとするから大丈夫さ」


 セラを見ると、何故か恥ずかしそうに視線を逸らされた。実体験から来る言葉なのかもな。

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