第103話 聖都騒乱・23

「師匠はこれからどうするのですか?」


 ヒカリたちは先に街から退避させたことを伝えた。既にいないし、彼女たちが使っていた部屋に入らせてもらうのに説明は必要だしな。普段からアイテムボックスに預かっていたらこんなことにならなかったが、毎日着替えを渡すのも大変だし。

 もちろん衣服はレイラたちにまとめて貰って受け取りました。正確にはやろうとして引き止められたともいう。レイラの笑顔が少し怖かったな。目が笑ってなかった……。

 専用のアイテム袋を早めに作成した方が良いかもしれない。


「着替えを取りに来たのは分かりましたわ。けど着替えを持ってない状態で街を出たのですの?」

「否、こっちに置いてあったのは街で着る用の服だからな。旅用の服はアイテムボックスに予備を預かってたから渡してある」


 ただ今は奴隷ルックだからすぐに必要になることはないと思うが。

 む、あの姿を誰かに見られるのもちょっと嫌だな。だけど特別扱いして変に注目を集めるのも悪手だし……。

 レイラたちと話しているとドン、とドアが激しく開かれ、顔を真っ赤にしたダンが入って来た。

 その荒々しい様子に俺を除く皆が驚いたようだったが、さらなる驚きを一向にもたらせた。

 何をしたって? 胸倉を掴まれていますよ。顔が近い近い。結構背が高かったんだな。と、俺はちょっと見当違いのことを思っていたけど。

 何故冷静にそんなことを考えていたかといえば、こうなることは最初から分かっていたからな。顔を合わせたら、だけど。

 まさかこんな混乱の中戻って来る余裕があるとは思わなかった。


「き、貴様。どの面下げてここにいる。私は言ったよな、頼むと! それを、それを……貴様は……」


 鼻息荒く、顔を真っ赤にしたダンは、しばらくその姿勢のまま怒りを露わにしていたが、やがて俺を解放して空いている席に腰を下ろした。


「お、お父様突然何をなさるのですか!」


 驚きから復帰したヨルが、突然のその行動に非難の言葉を上げる。

 その言葉にダンは疲弊した表情を浮かべて、力なく項垂れる。

 異様な雰囲気に皆が息を呑む。

 ダンはしばらくすると顔を上げ、力のない声で言った。


「ミア様が、ミア様が死んだ。違うな、私たちが殺してしまったんだ……」


 手で顔を覆い、嗚咽する。

 誰もが言葉を失い。ただただ唖然とその様子を眺めている。

 バタンと、音が鳴った。

 見るとユリがソファから崩れ落ちて倒れている。体が小刻みに揺れている。呼吸も怪しい。過呼吸の症状に似ている?

 俺は抱きかかえ、背中を撫でながら落ち着かせるようにゆっくりと魔力を流す。

 しばらくして落ち着きを取り戻したが、目には涙を浮かべ、顔面は真っ青だ。

 ヨルが人を呼び、寝室へと連れて行くように指示を出している。ルーも付き添って部屋を出ていく。

 ダンはその様子を、ぼんやりと眺めている。心ここにあらずといった感じか。


「お父様、何があったのですか? ミア様が、こ、殺されたって……」

「ああ、ヨルたちはまだ知らないのか。ユリのあの様子から見て、ユリも知らなかったのか」


 ダンは今日一日に起こったことを淡々と話した。

 レイラたちは驚き、悲しみ、非難し、最後には涙を流した。

 沈黙が流れ、重苦しい空気に包まれる。


「ソラは、ソラは何とも思わないのですの!」


 レイラが目元に涙を浮かべながら、叫び声を上げた。


「頼まれたのですよね。なのに、なのに、何とも思わないのですの!」


 皆の視線が注がれる。一人力ない視線だな。

 涙一つ、否、悲しみを見せない俺を見てレイラは怒ってるんだろうな。

 俺は口を開きかけて、ダンを見て止めた。約束すれば口外することはないだろう。

 だが何かの拍子に情報が漏れることはあり得る。元の世界にも自白剤なんてものがあったし、闇魔法で催眠状態にして聞き出すことも可能かもしれない。

 リスクを考えれば話す必要などない。恨まれるのは俺だけでいいしな。

 最終的にレイラたちには話す時が来るだろうが、今はその時ではない。


「民衆を無差別に殺していいんだったら、助けることは出来たかもしれない。けど、それをミアは望まなかったから」


 それらしい嘘を言う。その言葉に誰も異を唱えられない。


「むしろ彼女が死んだのは教会の責任だろ? 魔人に踊らされて、騙されて。それこそ誰かが信じて助けようとはしなかったのか?」


 俺は非難する。それはミアが生きていようと関係ない。

 幼い頃に教会に引き取られ、人生の半分以上を教会のために過ごした。ミア自身はその間どんなことを思っていたか分からない。だけど俺からしたら自由を奪われ、意志を奪われ、酷い言い方なら奴隷と大差ないとも思えて仕方ない。ここは住んでいた世界の価値観の差なのかもしれないが。

 俺の言葉にダンは何も言えない。処刑台にあがったミアを、枢機卿も、司祭も、誰一人擁護する者はいなかった。誰一人神の言葉と言われて信じ、それが本当に神の言葉だったのか疑問に思う者もいなかった。

 俺が扇動して民衆の暴走の引き金を引いたとはいえ、それまでの少ない時間でも守ろうと行動を起こすことは出来たはずだ。

 これは魔人の計画がある意味周到だったのもある。人為的にだと思うが、スタンピードを起こさせて、その神の言葉に真実味を持たせたのだから。

 もしかしたら、魔人によって思考を誘導されて操られていた可能性もあるが、真実はなど最早、確かめようがない。

 俺は悲しむ皆を眺めながら、一人明日からの予定を考えていた。

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