第102話 聖都騒乱・22
アドの姿が消えると、燃え尽きる残骸に視線が注がれた。
聖女の死。つい先ほどまで聖女を罵倒し、殺すと言っていた人々が、膝を付き、許しを請うように祈りを捧げている。
まるで先ほどまでの狂気が嘘のような静けさ。だが肉の焼ける匂いは否が応でも現実を突き付ける。泣き叫び、悲しみをあらわにする者も多い。
教皇は唖然と佇む一人だった。現実を見ることが出来ないのか、感情の失ったような表情でそれを眺めていた。
身勝手な。俺はそれを冷めた目で見ていた。
あの場の空気は確かに異様だった。もしかしたらアドが負の感情を増幅させるような術を使っていたのかもしれない。
教皇にしてもそう、枢機卿にしてもそう、大司祭にしてもそう、盲目的に神の言葉というだけで信じ、ミアを殺そうとした。もちろん、もし俺がミアに出会ってなければこのような感情を持つことも、関わることもなかっただろうが。
悲しみに暮れる広場は、遠くから響く咆哮で現実へと引き戻された。
皆が顔を上げ、声のした方を向く。それは最後にアドが指示した方向。
「スタンピード」
誰かが呟いた。のろのろと立ち上がり、恐怖に顔を歪める。
このままだと暴発するかもな。
けどそれは防がれた。我に返った一部の枢機卿が声を張り上げ、民衆を落ち着かせる。落ち着きを取り戻した者たちに、混乱を避けるために家もしくは宿に戻るように指示を出している。
俺は人込みを抜け出し、MAPで商隊を確認する。無事門を通過出来たようで、いくつかの商隊と一緒に街道を進んでいる。一安心だ。
MAPの位置を切り替え、森の方に向ける。残念ながら向こう側には行ってなかったから森の外周部までしか表示されないな。森をまだ抜けてないことだけが確かか。
立ち止まり、どうしようか悩む。こんなに早く収束するとは思ってなかったからな。乗馬でも出来ればもしかしたら追いかけられたかもしれないが、残念ながらそんな技術はない。まだまだ外に出ようとしてる者は多いが、乗せてくれと頼んでも難しいだろう。金の力で! と強気になれるほどの所持金もなし、か。レイラたちには事情を説明したいからどちらにしろ直ぐには追えないな。
移動を優先したいけど、ここは地道に歩けばいいか。街道を逸れて直進すれば、もしかしたら追い付けるかもしれないし。
すぐに街を発てないなら、ひとまず敵情視察だな。外壁の上とかに登ることは出来ないものか。
うん、出来ませんでした。危ないからと言われました。身分商人だしな。
知り合いがいないかとキョロキョロしていたらルイルイがいた。気配を探るとレイラたちも近くにいるな。
「魔物の咆哮のようなものを聞いたんだが、今どうなってるんだ?」
普通に声を掛けたら怪しい人を見る目で見られた。
「すいません、どちら様ですの?」
まさかの他人行儀。と思って思い出した。
仮面を取り出し装着。俺も少し動揺してたようだ。
「ソラですの! 何ですのその姿は」
驚きの声を上げられた。大声だから注目が集まっているじゃないか。仮面は素早く仕舞った。
「気分転換? と、言うのは嘘だけど、詳しいことはまたあとで話す。それでこちらの状況はどうなってるんだ?」
「先ほど合図がありましたわ。ただ、森の中で迎え撃つ準備はそれほど出来なかったと思いますの。どれぐらいの魔物が森を抜けてくるか想像できませんわ」
「ならしばらくはこっちで待機か?」
「師匠、そうなると思います。一応私たちは出身がエーファ魔導国家になっているので、今のところ後方に配置されてるんです」
「足が速い魔物でも来るまでに一日はかかると言う話ですの。だから今は様子見のようですわ」
「そんなに距離があるのに、先行してる隊は森の中にもういるのか?」
「前もっていくつかのパーティーは先に派遣されていたようです。冒険者の報告で何かあると思って前もって準備をしていたようです」
ヨルの言葉に、あのギルマス結構やり手だったんだなと素直に関心した。商業ギルドのギルマスも見習って貰いたいものだとも思った。
「ソラ、街で何かあった?」
タリアが街の様子が気になるのか聞いてきた。
「あ~、なんと説明すればいいのか。詳しいことをここで話すことは出来ないんだ」
聖女のこともあるし、魔人のこともあるからな。特に魔人のことはギルドか教会から説明して貰った方がいいだろう。誰かが先に言うかもだが、俺が率先して話を広めようとは思わない。
結局その日は日が暮れるまで外壁にいたが、森から魔物が出てくることはなかった。
爆音が鳴り響いたりしていたから、戦闘自体は行われているようだったが。
長丁場になると予想していたようで、日が暮れると代わりの冒険者がやってきた。
待機していた者にも休息が必要ということで、近くに確保されている簡易宿泊施設へと向かっていく者も多数いた。レイラたちは今日は屋敷に戻るようで、明日からは状況を見て決めるようだ。まだ簡易施設の準備が人数分出来てないという裏事情もあるようだ。
俺も今日は屋敷に戻ることにした。ミアたちの私物を回収しないとだしな。
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