第101話 聖都騒乱・21

 偽聖女は狂信的な信者によって発見されて、連れて行かれた。信者たちは聖女発見を声高に上げながら、中央教会へと進んでいく。俺はそれに紛れて付いていく。

 その足並みは遅く、進むにつれて人を吸収していき大きな集団になって行った。道幅一杯に並んでも収まりきらず、長蛇の列が出来ていく。信者だけでなく、一般の民衆も集まってくる。

 中央教会に到着した頃には、その数は優に一〇〇〇人を超えていたんじゃないだろうか。MAPを表示させて見ると赤一色に染まっている。聖女捕獲の話が拡散されているのか、人が中央に続々と集まってきているのが分かる。

 ある意味都合が良いな。ハウラ奴隷商の馬車は二台。それが西門にそろそろ到着するところだ。うん、列に並んだな。

 聖女捕獲の噂が門の方まで届いていたら、それほど厳しいチェックにならないと思うが楽観視は出来ない。

 俺は二つの動向を見守りながら進む。先に目的地に着いたのは偽聖女一行。最前列に聖女が連行され、同時に控えていた衛士が教会の中に走っていく。

 入口から衛士が吐き出され二列に並んでいく。それが先ほど教皇が演説していた場所まで伸びていく。衛士が向き合うと、それを合図に教皇を先頭に、その後ろに枢機卿? ダンの姿があるからそうだと思うが、お偉いさん方が続く。


「前へ」


 教皇は演説台まで来ると、聖女を連れて来るように命じた。

 ダンの顔が引きつっているな。聖女は引きずられるように運ばれる。脇腹から漏れる血が、石畳を汚していく。

 教皇が聖女の顔を覗き込み、祈りを捧げるような仕草をする。

 それが終わると指示を出す。と、大きな張り付け台が運ばれてくる。この世界でも張り付け台は十字架なんだな、なんてどうでも良いことを考えた。


「罪人を良くぞ捕まえてくれました。これより神の言葉に従い、浄化の儀を行う」


 ダンは何かを我慢するように聖女を睨んでいる。目を伏せる者、印を結ぶ者、それぞれの反応をする中、一人異質な者がいた。

 その者は少年と呼ぶに相応しい容貌で、一見すると愛くるしさがある。けどその口元に浮かぶのは酷薄こくはくな笑み。まるで今から起こることを、ショーを楽しむような感じで見ているような気がする。

 目が離せない。何故か気になって仕方ない。鑑定をして、視て、心臓が飛び跳ねそうになった。胃がせりあがる。口元を抑え耐える。

 なぜ、ナゼ、何故、そこにいる。


名前「アドニス」職業「枢機卿(仮)」種族「魔人」レベル「43」状態「——」


「罪人ミアよ……」


 教皇が何か言っているが頭に入らない。それよりもヤバイ。魔人だと、偽装が見破られるかもしれない。

 風魔法を使い声を乗せる。


『偽物は殺せ!』

『邪悪を呼ぶ者を許すな!』

『処刑、処刑、処刑』

『神罰をここに!』


 語彙は許せ。とりあえずあおって人を動かす。

 声に押されるように、そこかしこから罵詈雑言が響き教皇の声をかき消す。

 最後の仕上げに目の前の男を軽く押す。押された男は前のめりになり、さらに前の者を押す。危ない行為だけと思ったけど体が動いた。動いてしまった。

 慌てて前方に風のクッションを展開する。ドミノ倒しになって、被害を出さないためだ。何故か俺も後ろから押される形になっているからというのもある。

 前進する力が波のように広がり、整列していた群れを前に押し出す。一度動き出した群れは、衛士たちの壁を押し潰し、前へ前へと進む。

 驚く教皇のもとに、正確には聖女に向かって何かが投げられた。

 衛士は素早く教皇を警護し、後ろに控えていた枢機卿の元まで後退した。

 一つのモノが投げられると、あとは堰をきったように次々に投げ込まれる。食べ物だったり、石だったり、鍋だったりと、手に持っていたモノが、聖女に向かって飛んでいく。中にはヒットして、呻き声が上がるけど、すぐにかき消される。

 何でそんなものを持ってるんだと思うけど、考えても仕方がない。

 暴走。確かに煽ったけど、予想以上の動きに逆に驚きを覚える。

 だが今は都合が良い。チャンスはそれほどないのだから。

 俺は姿勢を低くして身を隠しながら人を掻き分けて進み、最前列に近付く。右手に握られたのは一丁の銃。セットされた弾丸は炎属性。ぶっつけ本番だけど、上手くいかなければ最悪魔法で焼くしかない。

 人の壁の間から銃口を出し、偽聖女を狙う。スキルの補正がかかり、銃口から弾丸が飛ぶ。サイレンサー付きとはいえ、かなり抑えられているけど音は鳴った。テレビや映画だと音が鳴らないイメージだったんだけど、作り方が悪かったのか?

 ただ周囲の喧噪に紛れたため気付かれなかった、はず。偽聖女に注意が集中していた所為もあったかもしれない。

 距離はあったが、動かない的というのもあって弾丸は偽聖女に当たると、発火した。その炎は激しく、瞬く間にそれを包み込んだ。

 誰かが悲鳴を上げた。誰かが歓声を上げた。誰かが、誰かが、誰かが……。


 高々と笑い声を上げた。


「ハハハハハ……。ああ、実に面白い見世物でした」


 心底面白そうに、無邪気に笑っている。

 喧噪の中、その声は良く通った。

 教皇も、他の枢機卿も、大司祭も、そして民衆たちも少年を見る。


「アド枢機卿。どうしたのですか?」


 周囲にいる老人が声を掛けるが無視した。

 少年、アド枢機卿は注目を集めると満足そうに頷き教皇を見た。


「聖女処刑ご苦労様。凄く滑稽でしたよ、教皇様」

「な、何を言う。私は神の言葉通りに……」

「ああ、それですか。このような声ではありませんでしたか」


『聖女ミアは偽りの聖女である。神を欺いた罰を与えるため、この地に災いが訪れる』


「な、何故それを、それにその声は……」

「うんうん、さすが教皇様。頭の回転が速くて助かるよ。ああ、何でこんなことをしたかって? もちろん聖女ミアを殺すためだよ。聖女は魔王様には邪魔な存在だからね」


 大きく息を吐きだし、やれやれと言った感じだ。


「本当に、我慢したんだよ。枢機卿なんてやって馬鹿な人間の相手をしたり、臭い人間に混ざって我慢して生活したり。だけど良いよ、今日は最高に気分が良いから、許してあげるよ。それに、そろそろ始まるだろうね」


 アドは遠くを見る。その視線の先にあるのは、その方角は一つの森。大量の魔物が発見されたという。


「そうだ、ご褒美にもう一つ教えてあげるよ」


 背後から衛士がアドを拘束するように動いた。

 けど近付くことが出来ず、逆に何かに跳ね返されたように吹き飛んだ。


「僕の名はアドニス。君たちに絶望を与える者だよ」


 そこにいたのは一人の少年。華美なローブ姿はそのままだが、違うのはその頭に生えた一本の角。背中にあるのは禍々しい羽根。


「魔人」


 誰かが呟いた。それは伝染し、混乱が広がっていく。

 今まで前に進んでいた群衆は、アドから逃げるように下がっていく。


「さあ、人間よ。楽しませてください。このスタンピードを生き延びることが出来たなら、また会うことがあるかもしれませんね」


 アドは笑い声を上げながら宙に浮かび上がり、やがてその姿を消した。

 

 

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