第99話 聖都騒乱・19

「主……」


 ヒカリの小声に静かに頷く。

 尾行されているな。MAPにも付かず離れずで表示されている。


「そこを左に曲がるぞ。少し遠回りになるが誘い込もう」


 俺はミアの手を引いて走る。

 ヒカリもそれに続く。裏路地で人気ひとけがない。

 さらに脇道に気配を消したヒカリが滑り込む。俺たちは真っ直ぐ走る。

 路地に人が入ってきて、足早に追いかけてくる。

 ヒカリの待機する場所を通り過ぎたタイミングで立ち止まり振り返る。

 正面から見るそれは体格的にはミアと同じぐらいか? 女か。目が虚ろで、口元には厭らしい笑みを浮かべている。


「何か用か?」

「何のことですか~?」


 人を馬鹿にしたような、間延びした声。心がざわつく。駄目だ、冷静になれ。


「先ほどからずっと後を付けていただろう?」


 女の後ろにヒカリが忍び寄る。

 女は一足飛びに前に詰めると、ナイフを引き抜く。


「ごめんなさいね。恨みはないのよ。だけど、その女は置いて行ってもらわないとだから」


 口が引き結ばれてギアが上がった。緩慢な動きから一気にスピードを上げて詰め寄ってくる。

 時間をかけるわけにはいかない。騒ぎを起こせば人が集まる危険がある。

 先生、頼みましたよ。

 俺はナイフを持つ手に向けて手を伸ばす。

 女がにやりと笑ったような気がする。が、すぐに驚愕に顔を染めた。

 痛い。イタイ。いたい。けど今日も痛覚軽減は良い仕事をしてくれている。

 何が起こったって? 相手のナイフを掌で止めたんですよ。貫いていますよ。

 俺は手を握り、女を逃げられないように捕まえると、魔力を籠めた左手で鳩尾を強打した。

 衝撃を逃がすことが出来ない女の体はくの字に曲がり、力なく沈んだ。


「な、何をしているの」


 ミアが驚きの声を上げたが、シーと静かにするように身振りで知らせる。

 ヒカリが近付いて来て、倒れた女の手を後ろに組み拘束する。

 俺はナイフを引き抜きもう一度鑑定。ヒールをかけて傷を治す。


「主、無理は良くない。私も居た」


 いつになくお怒りかも。


「ごめんな。時間をかけると騒ぎになると思ったからな。それよりも先を急ごう」


 走り出そうとして、女をお姫様抱っこして連れて行く。

 ミアはその行動に文句を言おうとしたのか、口を開きかけて何も言わずについてきた。

 頭によぎったのは悪魔の所業、かもだ。命の天秤をかけた時に、葛藤はあったが、躊躇はしなかった。大事なのはミアなのだから。

 遠回りをした分、ハウラ奴隷商に到着するのに時間が大分かかってしまった。

 中に入ると室内は騒がしく、ドレットが右往左往しながら指示を出している。セラはその傍らに立ち、俺たちに気付くと歩み寄ってきた。


「主様、ドレット様は街から避難するそうです」


 セラから報告を受けていると、気付いたドレットがこちらに寄って来た。


「これはソラ様。先ほどセラから伝言を聞きました。ソラ様たちも街から避難するのでしょうか?」

「その予定だが……俺は少し用事があるから残るんだが、奥で話せるか?」

「分かりました。少々お待ちください」


 ドレットは指示を出すと、取引で使用していた部屋で話すことになった。


「まず、俺は今から無理を言う。だから無理だと思ったら断ってくれていい」


 危険がある以上、黙っているわけにはいかない。悪徳商人だったら気にしないんだが、セラの境遇を知ったあとの対応や、弟のドレークの対応を考えると、こちらも誠実でありたいと思った。

 もちろんそれは表の顔で、商売をしやすいために演じているだけかもだが。


「ここにいる女の子は、聖女のミアだ。彼女を逃がしたいと思っている」

「それは……フリーレン聖王国を敵に回すということですか?」


 そうなのか? 教皇は王みたいなものだから、その指示に逆らうということはそうなるのか?

 俺は一度ミアを見て、頷く。


「そうですか……」


 天を仰いでいるな。無茶なお願いだしな。

 再び顔を見合わせた時には、いつも浮かべていた笑みを消して、怖いくらいな真剣な表情で聞いてきた。


「私も商人の端くれ。もしソラ様の願いをかなえた場合、私にはどんなメリットがありますか?」

「近隣の町に行くまでの旅程は最短で五日間。だが奴隷全員を食べさせるだけの食料がないんじゃないか? まずはそれを提供する」

「なるほど。ですが御者と護衛の分が最悪あればいいと思いますが?」


 確かにその通りだ。


「あとはそうだな。護衛でセラとヒカリを付ける。スタンピードだ。移動中にどんな不測の事態が起こるか分からない。少なくともセラの実力に関しては疑いがないだろう?」

「それは、確かにそうですが……」


 悩んでいるのか? そうだと信じてもう一押しするか。


「食料を保管するものとしてアイテム袋を渡しておく。もちろんこれが終わった場合はそのまま無償で譲渡する」


 アイテムボックスから食料を取り出し、アイテム袋に入れていく。奴隷が全部で今二十人ぐらいだったか? 暴飲暴食をしなければ十日は過ごせるだけの量を入れておくか。


「あとは、もし門番のところでミアのことがばれたら突き出してくれていい。その時俺に脅されてやったともな。セラ、もしばれたら暴れてミアを連れて逃げろ。ただし優先するのはお前の命だ。分かったな」


 アイテム袋を差し出す。

 ドレットは受け取ろうとして、一度手を止めて、悩んだ末にそれを手に取った。

 追加で何かを要求されるかと思ったけど、何も言ってこなかった。

 やっぱり人が良すぎる気がする。何でこんな人が、奴隷商なんてやっているんだろう。偏見かもしれないけど。


「取引成立だな。ただリスクを下げるために色々と小細工はしたい」


 一度ミアを見て、言うか悩んだが結局提案した。してしまった。

 今のミアには断ることが出来ないと知っていながら。


「ミア、悪いが奴隷契約をしてくれ」


 奴隷なら身分証を提示しなくても街の出入りが可能になる。


「あとは、女性に言うことじゃないが、その髪を切らせてくれ」


 腰まで流れる綺麗な金色の髪。このままだと目立つから切って貰えないか聞く。

 二つとも了承された。即答だった。



 

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