第98話 聖都騒乱・18
「可能ならミア様を救いたい、と思う。そう思ったのは、我が家にあの子が来て、年相応な姿を見たからなんだろうな。教会内でしか知らなかった彼女の素顔を見て、決して彼女もまた、一人の女の子なんだなと認識した。認識させられた」
うん、気持ちは分かるが。大丈夫かこのおっさん。枢機卿なんて地位にいるから、もっと厳格かと思ったが違うのか?
「それに気になることもある。我々の派閥には知らされていなかったが、教皇派にはミア様の処遇が前もって伝えられていたらしい。だがそれは殺害ではなく、捕獲だったそうだ。だからこの話をした者も驚いていた」
何か予定とは違うことが起きたというのか。
そもそもミアが襲われてからここにくるまでの短い時間で、良くも色々と調べたものだ。実は有能なのか、このおっさん?
「教会で、おっさんたちの派閥でミアを保護することは可能なのか? 違うな、救うことは可能か?」
「スタンピードが収まれば可能かもしれない。しかし正直言って難しいだろう。ここも今はいいが、いずれは使えなくなる。今はまだ統制がとれない状態だが、時間が経てば捜索隊もしっかりした形になるだろう」
「なら俺が勝手にミアを連れていっても問題ないんだな?」
「ああ、構わない」
「猊下!」
「いいんだ。既に一度ミア様の命はこの者に助けられた。それに、我々よりも身軽に立ち回ることが出来るだろう。今無理に我々が表立って反発し混乱を招いたら、それこそ魔物に街が落とされかねない。それは防がねばなるまい」
一人の命と街の人の命。天秤にかけた結果はなんだろう。
この行為だって、かなり無理をしているのは分かる。
「俺が来なければどうしてた?」
答えは返ってこなかった。ノープランか。一応何かあった時の指示だけ出しておいた感じか。
「それでは私は一度戻る。シグルドは別の場所で一時身を隠せ」
「畏まりました」
二人は慌ただしく出て行った。かなり危ない橋を渡っているんだろう。
「主様、これからどうするのさ」
「ひとまずミアを起こそう」
マナポーションを飲ませれば早いが、さすがにまた口移しはな。
ん? 脇腹を怪我している。治療はしてあるが止血だけか。まずはヒールでそこを治療して、と。
次は丹田に手を添えて魔力を流す。ちょっとショック療法の感じに似てるが、悪く思うなよ?
出力を一気に上げて、減った魔力を補充するイメージで注ぐ。
ミアの切れ長の眉がピクピクと動いたと思ったら、ゆっくりと閉じていた瞳が開いた。どこか寝惚けたような感じだったが、視線が合うと驚いたような表情を浮かべた。
「ここは……」
「何があったか覚えているか?」
まだ心ここにあらずな感じだ。
辛いことを思い出させるかもだが、今は時間がない。
「私は……ああ、そうか……」
目に涙が溜まり、溢れ出す。頬を伝い、流れ落ちる。
ミアが何を感じ、何を思っているかなんて俺には分からない。だから慰めの言葉が上手く出ないし、何を言っても無駄なような気がする。
駄目だな。ここで気の利いた言葉の一つも言えたらモテるんだろうけどな。俺に無理だ。ハードル高すぎ。
「今俺が分かっていることを教える。いいか?」
身を起こしたミアがコクリと頷いた。
「今ミアは追われている。指名手配中だ。教皇が信者たちに話していた」
再びコクリと頷いた。その瞳は悲しみに染まり、捨てられた子犬のように心細そうにこちらを見てくる。
「それでここに今までミアを助けてくれただろう人と、ダン枢機卿がいた」
「ダン枢機卿が?」
「ああ、それでミアを頼まれた。どうにか助けてやって欲しいとな」
ダン枢機卿の名が出て驚いていたな。もしかしたら、教会全体が敵になったと思っていたのかもしれない。
「とりあえずここも危ないかもしれない。移動したいが大丈夫か?」
マナポーションを飲ませて、この格好のままだと駄目だと思い、アイテムボックスに入っている俺の予備の服を取り出す。
体格的にはセラの服も着れそうだが、お尻の部分に穴が開いてるからな。エロい意味でじゃないからな?
俺は部屋を出て、ヒカリたちに着替えを任せる。
MAPを表示させて気配察知を発動。すべての人の反応を見る。予想以上に多いな。皆慌ただしく動いているから、ミアの探索をしているのか、スタンピードに備えて右往左往する人なのかの判断が付かない。
街の門にはいつもいる門番以上の人がそこに控えている。北と東側に特に多いのは冒険者がいるからか?
人が多いところから混乱に任せて出るのは良い手かもしれないが、出たあとに魔物がいるであろう森の方向とは別の方に移動すると目立つな。いっそ森の中に攻めるかと考えたが、危険過ぎるな。話に聞く限りだと、セラ以外は辛いだろう。
そうなると別の門から他の町に逃げる一団を装うしかないか?
ミアは意外と素顔を知られてないから町娘スタイルで行けばどうだ?
……教会関係者だと知っている可能性が高いか。追われている時は目元を隠す仮面をしてなかったしな。そもそも素顔だって建物内なら晒していたはずだ。
考えていると着替えを終えたミアたちが部屋から出て来た。何か恥ずかしそうだが……。
もしかして俺の服だからですか? 大丈夫です、綺麗ですよ。浄化魔法で新品と遜色ない状態です。汚れ一つありませんよ。それとも手洗いじゃないと駄目なのかな。
なんか気まずいな。見詰め合ったまま次の言葉が出ない。
「主様、それでどうするのさ」
そうだった。というか、どうしよう。
俺はセラを見て、もう一度セラを見て、MAPでハウラ奴隷商を確認する。慌ただしく動いているということは、もしかして街を出るのか?
「ハウラ奴隷商に向かう。セラは最初に行ってドレットさんに伝言を頼む。今から俺たちが行くから、すぐ出発するなら待って欲しい、と」
「分かった。先に行っている」
セラは頷くと走り出した。
俺たちは急ぐが、下手に走って目立たないように気を付ける。出来るだけ人のいないルートを選びながら、ハウラ奴隷商を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます